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地球と遊ぼう、ハイジの丘協会 イケメン中佐

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イケメン中佐 

10月22、23日と、竹田市出身の日露戦争の英雄・広瀬武夫(1868-1904年)を顕彰する催し「嚶鳴フォーラム」と関連事業が行われました。市立歴史資料館の駐車場広場には、広瀬のブロンズ像が完成。
広瀬武夫ブロンズ像@竹田市立歴史資料館

台座には”明治の国際人”と刻まれました。日出町の彫刻家・辻畑隆子さん(日展審査員)が6か月の短期間で制作した、イケメン中佐。ロシアと、激動の時代に立ち向かう厳しく、凜々しい表情です。

このご時世に、実行委員会が全国35都道府県約3千人のファンから2350万円もの浄財を集めました。式典で武夫の子孫にあたる広瀬武尚さんが、
「なぜこの時代にブロンズ像が建てられたのか。武夫がどういう人なのかを、この像を見た若い人たちに知ってもらいたい。日本人の本来の心を思いだすきっかけになれば」と話していたのが印象的でした。

NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」(原作・司馬遼太郎)にも登場する広瀬は、日露戦争の旅順口閉塞戦で、行方不明になった杉野孫七兵曹長を捜し続けたことが一因になって36歳で戦死。その勇気と人柄が称賛され、文部省唱歌「広瀬中佐」が作られるなど日本初の軍神として尊崇されました。竹田市には、軍神を祭る広瀬神社も創建されています。

生まれた時代こそ異なるものの、広瀬や幕末志士らが輝いた同世代の日本人の一人として。地域の方々の取り組みを通じて広瀬を知り、「坂の上の雲」を再読し、ドラマを見て、歴女と語り、俳優・藤本隆宏さんと会いし、同じくその姿に共鳴する同世代の気概ある若者たちと、新たな交友を深めることもできました。

今回のフォーラムで広瀬を演じる俳優・藤本隆宏さん(写真下)は、
「生涯をかけて、広瀬を語り継いでいきたい」との惚れ込みようを語っていました。
俳優・藤本隆宏さん
12月19日、26日に放送されるドラマ第9回のタイトルは、「広瀬、死す」。ライプチヒ留学中の滝廉太郎がロシアの広瀬に「荒城の月」の楽譜を送り、竹田市を回想するシーンが涙を誘うとか(おっと、ネタバレ)

 ◇

城下町では、新たに広瀬にまつわる商品が次々と誕生しました。
広瀬は8歳で母を亡くし、祖母(旧姓・高崎智満子)に育てられます。
顕彰会は、このフォーラムを記念に祖母の教えを書いた手ぬぐいを発売しました。「誠は人の道である」ということを子育ての要として、人の道を学ばせたといわれています。「誠」とは次の八つの事柄である、と。

 1、他人の悪口を言ってはなりません。
 1、嘘をついてはなりません。
 1、弱い者をいじめてはなりません。
 1、人を軽蔑してはなりません。
 1、愚痴をこぼしてはなりません。
 1、人をねたんではなりません。
 1、約束を守らねばなりません。
 1、口にしたことは実行しなければなりません。

          (桜田啓著「広瀬武夫」より)
手ぬぐい・智満子の教えと、広瀬家の家紋入りの和菓子・雅鷹
そのほか、広瀬が実際に食べたとされるレシピを再現した「海軍カレー」(カフェ志保屋)や、広瀬家の家紋を象った和菓子「雅鷹」(但馬屋老舗、みやびたか・写真上)など、歴史ロマンの詰まった商品が。
顕彰活動も、講演会・シンポジウムなどの”学び”から”気付き”へ。
それを地域づくりに”活かす”という、第二ステージに移行します。
これらの取り組みが、グローカルに成長することを願って。


■参考文献、広瀬武夫・関連サイト
「坂の上の雲」“軍神”広瀬中佐の恋人に秘密 旧ソ連が偽情報か
(2010年10月18日、産経新聞)
藤本隆宏 公式サイト http://www.creemintl.co.jp/indivisual_fujimoto.htm


△フォーラム開催に合わせ、10月に発売された「漫画・広瀬武夫」と書籍「国際人・広瀬武夫」。軍神としてではなく、明治に生きた国際人として広瀬の魅力が描かれています。

コメント

1、他人の悪口を言ってはなりまん。
1、嘘をついてはなりません。
1、弱い者をいじめてはなりません。
1、人を軽蔑してはなりません。
1、愚痴をこぼしてはなりません。
1、人をねたんではなりません。
1、約束を守らねばなりません。
1、口にしたことは実行しなければなりません。

あーなんて素敵な教え。これが人間の本質であるべきよね。実行しようこれ。

新聞でもテレビでも見ました。

いま竹田では熱いですね。

「人の悪口を言ってはいけません」・・・ですよね!

誠とは、人の道

昨日よりも更に冷え込み、今日くじゅう連山の三俣山では初雪を観測。飯田高原の朝の気温は4度。セーター一枚で身震いしながらの一日。初めて暖房を入れました。

** Ma-chan **
自他に誠実であること。御祖母様の教えは、本質ですね。藤本さんが武夫に惚れたのも、ここなんでしょうね。私も不足の部分があるので、戴いた手ぬぐいに精進を誓います。

** tanosuke様 **
熱いです、竹田。こんなに多くの人たちが武夫に沸いていることを、今日もまた海軍カレーを食べながら実感しました。空間の履歴っていうのは、今ここ一瞬だけの町の”熱”や人の思いによって成り立つもの。この思いが、町のデザインに繋がっていきますように。私も自身に出来る役割をしっかり担いたいと思います。

竹田の明治のイケメン

ドラマは見たことがないのですが、司馬遼太郎「坂の上の雲」は以前に読んだことがあり、初めて戦記が面白いと思ったのを覚えています。あの広瀬中佐が竹田出身とは、すばらしい。竹田には広瀬という名前は多いのでしょうか。以前お会いした佐藤義美記念館に貢献した(竹田に貢献した、といったほうがいいでしょうか)神原の広瀬さんも同じ姓でしたっけ。次回は広瀬中佐の記念館に寄りたいですね。

広瀬武夫と、若者たち

** サンフランシスコの頼子様 **
12月から坂の上の雲の放送がまた始まるのです。あの挿入歌を聴くと、ちょっと胸熱くなったりします。
私も生時代に司馬遼太郎を読み、初めて歴史や戦記って面白いなぁ、と思いました。

>広瀬中佐が竹田出身とは、すばらしい。以前お会いした佐藤義美記念館に貢献した神原の広瀬さんも同じ姓でしたっけ。次回は広瀬中佐の記念館に寄りたいですね。
是非。広瀬正熙さんは、神原の里山づくりや、絶滅危惧種・紫草の復興、佐藤義美記念館の誘致など、多岐にご尽力された教養人。広瀬武夫顕彰会の設立メンバーとして、最後にインタビューさせて頂いた言葉を、思い出しています。「明治時代の若者たちの気概や、日本人が忘れかけた仁・誠の心を、町づくりに生かして、若い人たちにも知ってもらいたいんや」と。
あの当時の私には、理解できませんでした、広瀬がどういう人なのか。しかしこの顕彰活動の輪が様々な地域おこし団体に広まり、私もちょっとずつではありますが、広瀬さん(よっちゃん)が何を言わんとしていたのかを、地域の取り組みを通じて感じております。

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