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地球と遊ぼう、ハイジの丘協会 今年最後のストロベリー

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今年最後のストロベリー 

久しぶりの快晴。風を包み込むような大きな空。舗装されていない砂利道の水溜りが、透き通った空気を映す。泥の水溜りにさえも吸い込まれそうな美しさ。

昼過ぎから、ハニーが畑でストロベリーを摘んでいる。
「今夜は、土が凍るだろう。日照時間も気温も、もうストロベリーが熟すには追いつかなくなったよ。今年最後のストロベリーだ。」
まだ若草色の、初々しいストロベリーが鈴なりだというのに。残された青い実はどうなるんだろう。惜しい気がしながら、白い花に手を伸ばす。これでもよくなってくれた方だ。6月初旬に植えて、早いものでは7月から実をつけてくれた。しかもビニール栽培ではなしに!もう2週間も前から家の中では暖炉に火を入れているというのに、イチゴちゃん、よくがんばってくれた!


イチゴは喋るんだぞ。夜になると、ギラギラと目を輝かせて話しかけてくるんだぞ。聞いたことあるか?」

小学校の頃、ビニール栽培でイチゴを育てていた叔父に、こんな話をしてもらったことがある。

「・・・常に土のそばにいろ。地面から離れるな。いつも地に足を着けていると、いろんな人間が見えるから。自分が宙に浮いたら、片面からしか人間を見ることができなくなる。足元にいる人間は、自分の足元にしか見えない。左にいる人間は、左側から判断できない。でも地面に足を着けていると、いろんな人間の全体が見えるからな。」

イチゴがどんな風に喋るのか、詳しいことは覚えていない。確かこのような事を話してくれたと思う。叔父は青の同門で知られる耶馬溪でデコポンを作る農学者だ。幾つになっても己惚れるな、謙虚さを大事にしろ、という事だったんだと思う。しかし、最近になってもう一つのことに気付いた。

人間は地面に近い所で生活をする必要がある
こんなことに気付いたのは、いつだっただろうか。
1年ほど前に、柳ファームで椎茸の菌打ちをさせてもらったことがある。「蟻なんか見るの、何年ぶりやろ~??」という実妹の発言だった。彼女はマンションの7階で暮らし。舗装された道を、ピンヒールで歩き、ヒールで仕事をし、ヒールで帰って来る。虫なんかいない。ビルの7階に住むのは、ハエかゴキブリか鳩くらいだろう。

団地で育った私も、アスファルトに囲まれた、足に泥のつかない便利な生活を、何一つ疑わずに暮らしてきた。会社への往復、舗装された道を走り、コンクリートの上で働き、一日を終えた。
だが、2週間も土を踏む機会がないと、心身が疲れるように感じた。

 あぁ、遊びにいかなくちゃ!自然の中で、思いっきり土を踏みたい!

こんな風に感じるようになったのも、家庭菜園を持つようになってからだ。この季節、散った落ち葉を踏むのが気持ち良かった。収穫を迎える畑は、黄色と茶色の絨毯に覆われ、ぬくぬくと幸せそうだ。近所の老夫婦は、散った桜の花びらを歩くのと同じくらい、この枯葉の上に椅子を並べて飲むコーヒーを楽しみにしていた。2人のお茶目な会話が、なんともたのもしく美しかった。

自分の身体が導いてくれたことに感謝したい。でもこの気付きは体験の中にあるからこそ、生きるんだと思う。

さんさんと太陽の光を浴び、農薬に侵されていないこの自然そのままの命の輝きを、いつか妹の口にほおばらせてあげたい。

コメント

そうだね。
人間土に戻って我を取り戻せるって感じ。
僕は毎週忙しい仕事で平日を終えて
週末は田んぼ・畑中心の生活。
それがあったから4ヶ月も5ヶ月も身体が持ってくれた
旬の味そのままが一番美味しいよね。

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