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地球と遊ぼう、ハイジの丘協会 『死ぬときに後悔すること25』(大津秀一氏)

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『死ぬときに後悔すること25』(大津秀一氏) 

代替医療にも詳しいスローフードすぎなみの佐々木会長が、
死ぬ間際の患者1000人と接してきた緩和ケア医・大津 秀一さん(33、刊行当時)の著書
死ぬときに後悔すること25―1000人の死を見届けた終末期医療の専門家が書いたを紹介して下さいました。

「ほとんどの人は死を前にすると後悔する」そうですが、この本に書かれている25条は、主に以下のようなことだそうです。

1 健康を大切にしなかったこと
2 たばこをやめなかったこと
3 生前の意思を示さなかったこと

4 治療の意味を見失ってしまったこと
5 自分のやりたいことをやらなかったこと
6 夢をかなえられなかったこと
7 悪事に手を染めたこと
8 感情に振り回された一生を過ごしたこと
9 他人に優しくなれなかったこと
10 自分が一番と信じて疑わなかったこと
11 遺産をどうするかを決めなかったこと
12 自分の葬儀を考えなかったこと
13 故郷に帰らなかったこと
14 美味しいものを食べておかなかったこと
15 仕事ばかりで趣味に時間を割かなかったこと
16 行きたい場所に旅行しなかったこと
17 会いたい人に会っておかなかったこと
18 記憶に残る恋愛をしなかったこと
19 結婚をしなかったこと
20 子供を育てなかったこと
21 子供を結婚させなかったこと
22 自分の生きた証を残さなかったこと
23 生と死の問題を乗り越えられなかったこと
24 神仏の教えをしらなかったこと
25 愛する人に「ありがとう」と伝えなかったこと


う~ん、どす黒い悪事に手を染めてしまったこと以外、
今のところハイジの人生は順調であります(笑)

大津さんの講演会を企画された佐々木会長は
『欲をいえばキリがない・・・はずですが、とは言え、「欲をなくそうとして努力をする、というのも実は“欲を無くしたい”という欲にほかなりません」と、これは松原泰道老師の教え。
「よく調(ととの)えし迷いこそ、寄る辺なるべし」
迷い(煩悩、欲)を無くすのではなく、「調(ととの)える」という言い方を老師はなさるのですが、「そうして調えられた迷い(煩悩、欲)は、逆に人生の大切な拠り所となりますよ」という、これは老師からいただいた、ぼくにとっても大切な「杖言葉(つえことば)」です。
杖言葉も老師が言われる、人生が転ばないように、つっかえ棒の役をしてくれる大切な言葉、の意味の造語です。欲をうまくととのえながら、後悔の少ない人生を歩みたいものですね。』

と、まとめています。

死について考えるとき。
家族みんなで祖母を看取り、残された最後の一瞬まで精いっぱい生きた彼女の死に行く姿は、
あっぱれでした。生きる者に勇気を与えてくれる死があることを知りました。

自分の力では変えられない不可抗力のものもありますが、
やろうと思えばできたはずなのにやらなかったこと。
これが後悔の根源だと思います。

そんなの勿体ない×2。
今の思い、情熱、興味・・・しっかりと行動につなげていきたいと思います。



著者略歴:1976年生まれ。茨城県出身。岐阜大学医学部卒業の緩和医療医。
日本消化器病学会専門医、日本内科学会認定内科医、日本尊厳死協会リビングウイル(LW)受容協力医師、2006年度笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。内科専門研修後、日本最年少のホスピス医(当時)として京都市左京区の日本バプテスト病院ホスピスに勤務したのち、平成20年5月より東京都世田谷区の松原アーバンクリニックに勤務し、入院・在宅(往診)双方でがん患者・非がん患者を問わない終末期医療の実践を行っている。現在多数の終末期患者の診療に携わる一方、著述・講演活動を通じて緩和医療や死生観の問題等について広く一般に問いかけを続けている(Amazonより、刊行当時)。

公式ブログ:生と死の詩 ~世田谷の緩和医療医・大津秀一のブログ~

コメント

大津医師人気ですね。

やっぱ「1 健康を大切にしなかったこと 」でしょ!

心と体の健康

** tanosuke様 **
深く同感。健康な心は、健康な体に宿る。自分の発するエネルギーがどんなレベルで、人と交差していくのか。
ついつい走りすぎてしまう時。「体の内なる声を聞こう」と自分に言い聞かせています。

もう年末ですよ~、たのさん!!久しぶりに会いたいな。
先日K会ご一行様が、外務省内の事務所や議事堂、鳩山会館を訪ねら様子をうかがいました。Mっちも久々に大分弁を聞いて、賑やかなお世話ができた、と言ってました。私も行ってみたーい。

むむむ...
ちょっと異議あり、かな。
後悔すること、悔いが残ることにスポットライトを浴びせるのは若干悲しいように思います。
これでは、成仏できないのでは?
人は皆、最善をつくして、これ以上でもないこれ以下でもないその人の一生を過ごしてきたのだから、最期にはそれは祝福されるものでしょう。
これは成し遂げた、これだけ周りを幸せにすることができた、と思えることは何ですか? と問うてみたいですね。
よく悔いのない人生を、などといいますが、死ぬ時に悔いの残る人と悔いの残らない人とを区別はできないと思います。
悔いが残る、という人は、何を悔いるか、ということにその人の意識、思いを巡らせる習慣が身について、具体的にこれとこれに悔いが残る、と特定できてしまう。
悔いが残らない、という人は、そもそも何を悔いるか、という思考をしない人。
後者のような態度が習慣になれば、その人の可能性、ポテンシャルはどんどん広がっていくと思います。

ありがとうございます。

ハイジさん、ご紹介ありがとうございます。
主人も喜びます~。

私はあまり悔いが残らない人生にしようとずっと思っていました。
だから、後悔してないんです~笑。

いつ死んでもいいくらいに、毎回毎回、楽しんでいます。

あの世には、経験したことしか、持って行けませんね。
逆算すると、いろんなことが見えてきますよ~。

ハイジにとって、素晴らしい人生になるように、祈ってますよ。v-238

2009年10大出来事

上位5本の指に入るであろう春休みの「看取り」

その後、死について考え、生について考え、命について考え、医療のあるべき姿に悩みました。


それにしても、25って多いな・・・


やっぱ何事も現場に出て勉強しないといけないんですね。

ご紹介ありがとうございます♪

ぼくの大学院時代の師匠は、10年以上前に癌でまさに最期はホスピス病棟で亡くなったのですが、見舞いに行くと、
「ぼくがいま何を考えているかわかりますか? ラーメンが食べたいなあとか、カレーが食べたいなあとか、実につまらなーいことを考えているんですよ」
と淋しげに笑っていました。
大津先生も言われていたけど、病気で味覚が感じられなくなったときの、人が見せる悲しげな表情といったら、ないらしいです。そういう現世とのつながりを、衣服を一枚ずつ脱ぐようにして逝くのがホスピス病棟なのかなあと思うと、ぼくもえもいわれぬ哀しさに襲われましたね。
でも、潔い人は潔くて、そういう人もごくたまにはいるらしいですが。。。。

よく死ぬことは、よく生きること

** フナタロー様 **
>「悔いが残らない、という人は、
>そもそも何を悔いるか、という思考
>をしない人。後者のような態度が
>習慣になれば、その人の可能性、
>ポテンシャルはどんどん広がって
>いくと思います」
フナタロー様のご意見、考え方には全く賛成です。明日脳梗塞になったら、寝たきりになったらどうしよう。まさかの坂はありますが、このような心配事が習慣化すると、自ずと意識のスイッチも入ってしまう。

ただ、若くして1000人もの死に立ちあってきた大津さんの体験は、一理あると思います。その人の死生観を通じて生を観ることだと思うのです。人生に最善を尽くすこと、悔いのないように生きること。二つは言葉は違えども、私に問いかけてくれたものは、いかによく生きるか、という一点です。

>これは成し遂げた、これだけ周りを
>幸せにすることができた、と思える
>ことは何ですか? 
>と問うてみたいですね。
自分も周りも、もっと幸せな人生であるように。いつも心に響くメッセージ、ありがとうございます。日本へはいつ頃帰国ですか?

** SFすぎなみ 紀子様 **
>いつ死んでもいいくらいに、
>毎回毎回、楽しんでいます。
私も全く同じ!いつ死んでもオッケー。楽しい毎日を過ごしていますよ!紀子さんと会うと、色んなことに興味を持って挑戦しよう、という勇気がわいてきます。いつもありがとう!

ハイジさま

そうです。よく憶えていてくださいました。今月帰国です! これからしばらくは日本にいることができるので、わくわくしております。

さて、少し続きを...

ガンガジさん(←Gangaji wiki 英語版などで調べてくださいね)のワークショップでは、考えるな、概念化するな、止めよ、あなた自身が真理である、あなたは全知全能である、こういうことを言っておりました。

はあ? 人間は無知無能であろうと思っていたところ、そんなこと言いのけていいのかい、そう思いましたね。

その後、2年、そのメッセージをよくかみしめていくほどに、あ、確かに人間や生命あるものは、言語化されない認識、行動、反応、感覚が全く休むことなく奇跡を起こしているなと認識するようになってきました。色彩の美しさを感じ取る、記憶する、感情が顔に現れる... 一瞬の休みもなしです。

全員、毎日、とてつもなく偉大な働きをしているのだな、と。その偉大な働きを観れば人は全知全能であるといえるし、それを言葉や科学で解明しようとすると無知無能ともなる。全知全能かつ無知無能だということですね。

それで、いわゆるこういう類の目標設定には、少なくとも自分はもう束縛されないようになりたいと思うようになってきているのです。

幸福な人生、やりがいある仕事、それこそ「悔いのない人生」、この25項目にもありますが、生きた証、とか存在証明というものです。

それを言語で説明できる形で、証明などできはしない。これは、無知無能のサイクルのなかで不毛に循環するのみである、と。

それでは、ということで、もし仮に、この25項目を、できる限り満たそうという目標を定めたとなれば、率直に申し上げますが、多分、その人は、安からな死を迎えることはできないと思う。

25項目、あくまで各人の主観で達成した、しないを自覚するわけですから、永久に満たされないリスクを負う。満たされなければ悔いる。成仏できない。みじめな死になってしまう。

人間の全知全能は、人や人の営みが自然のなかで生かされているときに、美しさをもって発揮されていくものであろうと思います。これは日本の社寺建築によく現れていると思います。クルマのデザインでさえそうです。創出される意匠におのずと美しさや神聖さが伴ってくる。

ますます、人間は、金と知識というものに従属して、無知無能のサイクルに支配されるようになってきている。それは加速度的に、です。そうすると、世界は醜くなる一方...

そうなると、「後悔」しながら死を迎える人が増えてくる。これが現代の病理。いつの間にかこの25項目にあるようなことで、「ほとんどの人が死を前にすると後悔する」ような世の中になっちまった...

僕はそういう捉え方をします。そして、より多くの人と共有していきたいと思っているのですが、どうすれば、無知無能の呪縛から解放し、全知全能を発揮できる世の中へと昇華させていくことができるのか? 追及していきたいと考えているのです。

家族と緩和ケアの時間

** 未来のDrおさむっち **
28歳で経験した「看取り」 。今後のあなたの生き方と、医療の姿について深い考察を得たことでしょう。
君の2009年10大出来事って一体…?!好奇心と行動力とリーダーシップと。なんと濃厚な一年なんでしょうね。これだけ自分主体で動けるあなたの生命力には感嘆しますね~。来年1月の企画、楽しみにしてますよん♪


** SFすぎなみToshi-shun様 **
>病気で味覚が感じられなくなったときの、人が見せる悲しげな表情
>といったら、ないらしいです。現世とのつながりを、衣服を一枚
>ずつ脱ぐようにして逝くのがホスピス病棟なのかなあと思うと…

祖母とホスピスで過ごした3か月。手術後は幸い食べられるようになりまして。茶人でもあり、全国の美味珍味を求めた味覚への欲望たるや、すさまじく。今思うと、まさしく現世とのお別れの一章だったのですね。「玖珠町の○○さんが作っていた花林糖」「富士山麓の○さんが毎年贈って下さるわさび漬」と、祖母の記憶に残る味覚文化を求め、そして彼女の床の側でささやかな時間を共有したものです。

とうとう彼女は最後まで死という言葉を発しませんでした。彼女の生き様は地元のTVでも放映され、元気に、前向きに生き抜くという大正女の気概を見せつけてくれました。お陰で残された私たち親族も、精いっぱいのお見送りができて、悔いはなし。ホスピスは家族のための時間なんだと思いました。
当時立ち合って下さった医師とは、いまだにお付き合いがあります。その人らしく死ぬことを導いてくれた、スタッフの皆様にも感謝の気持ちは薄れることがありません。家族の死を通して、よく生きることを学んだ体験でした。

自分の真理に目覚めること

** フナタロー様 **
 
 ガンガジさんの言葉を

 感じています。

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