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▽かおり風景100選”くじゅう四季の草原、野焼きのかおり
久住高原、野焼きの香り


友人の息子・将史君(大学4年)が、来年2月に、考古学研究でカンボジアに行くという。彼の母親から、英語の家庭教師になってほしいと頼まれた。それならば、ぜひ紹介したい適任者がいると、10か国語に堪能な友人・ドロン・クレマー氏(英国)を紹介した。意志の疎通ができる語学力をつけること以上に、ドロンの人間性が将史君にも役に立つのではないかと思った。

母親がリメークした上質なやちりめん羽織を、奪い合いできるほど、和服を粋に着こなす22歳の将史君。知っている英単語を絞り出して、一生懸命ドロンと話す姿が印象的だった。


思えば

私も色んな人に、自分の”夢”を聞いてもらった。
高校を卒業して、予備校に行き、進学し、留学し、放浪し、社会人になっても、
 ずーっと。
自分が何をしたいのかを探していた。

どうやったら海外に行けるのか、どんな方法があるのか、行くならどこがよいのか、大学か専門学校か語学学校か、どんな奨学金があるのか、働く方法はあるのか、ビザはどうやってとるのか、反対する両親をどう説得するのか。単に、海外で生活することへの漠然とした憧れもあった。

高校時代、文法はあまり得意ではなかった。大学受験で丸のみした単語帳や、テキストは、大して役に立ったか・・・分からない。でも、いつも、英語でしゃべれるようになりたかった。

海外に行くことは、目的ではないけれど、目標だった。避けては通れない、これがなくては満足できない、という通過点みたいなもの。

目標だなんて大げさだった。飛行機という移動手段を使えば、実に簡単なこと。でも”自力”が要求される10代の私には、大きなハードルだった。猛烈にバイトをしてお金を貯めた学生時代。ヨーロッパやアメリカを放浪し、物よりも、価値観を養い育てる”体験”にこそ、お金を投資すると決めていた。

事あるごとに、ネイティブに質問し、友人になり、メールや手紙を書き、現地を尋ね、執拗なまでに、伝手を作った。
そして、たくさんの人が手を差し伸べてくれた。
異国にいると、努力ではなく、見えない大きな力に守られていることを、よく感じた。、

目標だと思っていたことは、通過点に過ぎなかったことも知った。
異なる生活文化への驚きよりも、どこにいても基本的に人間は同じ、ということも分かった。

あの町でお世話になった人たちに、直接お礼はできないけれど、
異国の日本で困っている人たちには、できる限り、お世話をしたいと思う。
私の相談を聞いてくれた、心ある先輩たちにも。

思えば、世界は、こんな思いであふれているのではないかと。
まんざらでもないなと思う。

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コメント

Love Actually♪

ほんと海外で暮らしてみると文化の違いよりも、人間みな同じなんだなと私も思ったよ('-'*)
将史君は、カンボジアですごく成長して帰ってくるでしょうね。
あっ来年の話だったね。

第二の故郷

** yukaちゃん **
そうだね、ほんと懐かしいわ。先進国の私たちは、自分で稼げば、車に乗りながらも、なんとか留学費用だって貯められる。こんな選択ができるってすごく恵まれてるよね。
ゆかちゃんにとってのNYが、ルーツになる。第二の故郷だよね。

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