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地球と遊ぼう、ハイジの丘協会 「運命の力」

「運命の力」 

歌の国イタリアを代表する作曲家ジュゼッペ・ヴェルディ。歌劇『運命の力』(La Forza del Destino)は、1862年にロシア、ペテルブルグのマリンスキー歌劇場で初演、1996年に大分県雄城台高校吹奏楽部によって序曲が演奏された、彼の作品で今なお最も人気の高い演目のひとつだ。

全4幕からなる歌劇は、スペインからイタリアヘと舞台を変え、多くの美しいアリアが続き、また数々の劇的な見せ場も多い作品だが、主要な登場人物が次々と死んでゆき、最後には主役のカップルも亡くなってしまうという、何とも悲劇的な物語である。十時君率いる金管楽器の重々しいファンファーレから始まり、美紀ちゃんをリーダーとする木管(弦)楽器が歌劇全体を通じて流れる「運命のテーマ」を演奏した後、劇中のアリアを次々と巧みにつなぎ、最後は力強く熱狂的に終わる、それが私たちのヴェルディ。


あの夏が過ぎて10年。
私達、雄城台高校21回生にとっては、思い出すのも辛い夏。九州大会連続出場10回目とあって、目指すは九州大会金賞、そして普門館でしかなかった。私はコンサートマスターだった。

3年間、音楽だけに全てをかけた私達に、逃げ道も、デキナイ理由も何もなかった。私のすべてが音楽だった。音楽以外に、何もなかった3年間が、九州大会「銅賞」という、まさかの結果で散った。

高校3年生、最後の吹奏楽コンクールでの結果以来、私たち(21回生)は、ダメの烙印を押されたようで、あの夏を思いだすことが、辛かった。10年経った今日でも泣けるほど、悔しかった。だから、卒業以来、母校に顔を出すことも、吹奏楽に携わることも全くなかった。21回生で集まることも殆どなかった。


▼しかし、先日(8月12日の)山本勝彦先生追悼演奏会で、私の知らない若い後輩、そして現役生の姿を見て気付かされたことがあった。

今春入部した1年生の輝君に、「僕はサッカー部でした。サックスという楽器は初めてです。でも僕は絶対に来年の夏までに、現3年生の下郷先輩よりも上手になりたいんです。先輩、教えに来てください!」と言われた。私が、雄城台高校の坂道を練習帰りに自動車で下るとき、一旦立ち止まってから「お疲れ様でした」と頭を下げて挨拶をするすべての現役生。私が楽器を鳴らしながらチューナーを持っていると、遠くから駆け寄ってきて「私がチューナーを持っているので、チューニングをして下さい」と言ってくれたサッシー。
雄城台高校・山本先生追悼演奏会 おちゃらけサックスパート

△演奏会終了後、可愛いサックスパートの後輩達と♪(現役バークリー音楽院生の近藤氏は楽屋で涙を拭っていたそうです)

10年前の私達と全く変わらない、現役生の真剣さ、ひたむきさ、情熱に心を打たれた。厳しい練習に誇りを持った50名以上の現役生が、「いい演奏をする」というたった一つの目標に向かって、人生をそこに賭けているのだ。そして私の後輩にあたる若手OB・OG達の技術の高さにも驚いた。

演奏会が終わった日、はじめて、私たちは”だめな”代ではなかったんだと気付かされた。ダメになる、とは、音楽への士気が薄れ、部に活気がなくなることである。

何故ならば、私がつの先輩からサックスを習ったことが、私の知らない次の次の次の後輩達にも、きちんと受けつながれているのだ。もしも、私たちの代で音楽や楽器が上達したいという士気が低まっていれば、今の後輩の姿は なかったはず。
そのことで 今日はじめて勇気を持って、 あの10年前の夏のことを振り返ることができた。


▼私は今、伝統食を伝えるという仕事に携わり、その難しさを感じている。今もう一度、一緒に3年間の苦楽を共にした仲間に会えるとしたら、あの頃あった楽しいことを、新しい気持ちで語り合える気がする。

「あんな私を育ててくれて、ありがとう。」


演奏会に来てくれた同級生からのメールには、こう書かれてあった。
『ハイジと同じように無意識のうちに”うちらの代ってダメやったんやなぁ・・・”と思っていました。だからこそ、卒業してから雄城台に近寄らなかったし、吹奏楽自体からも遠ざかってしまいました。
 暑い中みんなで汗を流して、寒さでかじかみながらもベランダでロングトーンやって、何回練習してもうまく出来なくて、悔しい思いして、でもやっと出来た時とか、合奏の楽しさとか、音楽室の蒸し風呂とか、セミナーハウスの寒すぎるクーラーとか、本当に色んな思い出が昨日一気によみがえってきました。
 以前、ドコモショップに行った時に「雄城台でホルンされてましたよね?」ってショップの店員さんに声をかけられた事がありました。その子は雄城台の出身でもなんでもなくって、歳も4つか5つ下で、他校でブラスをやってた子らしいのだけど、ダメダメだったと思っていたうちらでも、他校の子は見ててくれて、上手かった訳でもなんでもないのに、そこで私がホルンをやっていた事まで覚えていてくれて、高校卒業してから7.8年は経っていたのに、ビックリしたし、嬉しかった事を思い出しました。
 たまに、雄城台のブラスの夢を見るんだけど(未だに)その時は必ず吹けなかったり、とちったりして焦ってる夢なんよねぇ・・・。どんなトラウマなんだろう(笑) 本当にもう一回21回生で集まって演奏したいね。いや、演奏は無理だな・・・楽譜が読めない自信があるし、音も出せないと思うし・・・( ;^^)ヘ..とにかく、21回生で集まって、あの頃の色々な思い出話をしたいと思いました。
 雄城台に、吹奏楽部に、山本先生に、沢山の先輩と後輩に、そして21回生のみんなに感謝!!!! この演奏会があったからこそ、こういう気持ちになれたんだと思うよ。山本先生の力ってやっぱりすごいんやなぁと思いました。』



報われない努力はしたくない、と心の片隅で悪夢を避けた日々も、短い社会経験を得て、困難から起き上がることの苦しさを知った今ではこのように思えるのだ。

『結果が、最初の思惑通りにならなくても、
そこで過ごした時間は確実に存在する。
そして、最後に意味を持つのは、
結果ではなく、
過ごしてしまった、
かけがえのないその時間である。』


(出典:星野道夫「ガイヤシンフォニー第三番より」)


今日の私のこの未来は決まっていたものではなく、勝手にやってきたものでもない。自分達があの時今日何をしたかで、未来はどうにでも変わった。その意味で、今日のこの日は予測できたものではなく、自分が創造したものである。

私のかけがえのない、21回生のあなた。
私達とのかけがえのない時間を、
両手を広げて 一緒に過ごしてくれた故・山本先生。
「運命の力」というものがあるならば、
私のかけがえのない今を、共に過ごしてくれる 
今、目の前のあなた。

ありがとう。
大好きです!

コメント

鳥肌

ありがとう。

勇気を貰ったよ。

鳥肌、鳥肌。

沖縄でも走りませんか?

久しぶりのgariでした。

追悼演奏会以来、あの頃の夢を2回ほど見ました。自分はちゃんとBass.Clをやってて、隣にはA.Clのmaruちゃんがいました。

何年と見たりしなかった夢。演奏会ってそれだけインパクトがあったんだな~って起きて思うよ。

そう、ハイジさんの言うようにダメな演奏って、音楽に対する士気が弱かったり、自分たちの演奏を大事にしてないってことだよね。

そしたらOBCはダメな代なんてひとつもないよ。だって先生が指導してくれた部だもの。

私も今度の演奏会のおかげで9個下の子と知り合えたよ。そしてつながってること、受け継がれてること感じられたよ。

ハイジさんともまた繋がれた(^^)
ありがとう。幸せ(*^^)

つながれてる、私とあなた

** 親愛なるGARIさん(^○^)/ **
わぁ~帰っていらしたのですね!今週8/21に別府市でチャリさんとアキさんに再会したばかり♪10月の沖縄ランの計画も伺いました。美味しい地元の食べ物に、地元の人たちとの触れ合い・・・面白そう!是非参加したいです!
ところで、シアトルからお帰りなさーい!!!アラスカまで行かれたのかな?あのランでGARIさんはすっかり変わられた、という噂。何が起こるか全く分からなかったラン初日の朝、サクラメントに向かう車の中での出会い、あそこから始まった自分との旅を思い出しています。また積もる話、ゆっくりたっぷり聞かせて下さいね。


** がみちゃん **
いつもコメントありがとう。先輩がいつも隣りにいてくれたように・・・こうして交流できることを、心から嬉しく思っています。沖縄のまるちゃんも、元気でやってるようで嬉しいです。いつか潜りに行きます、と先日メールをしたところでした。

10年経って、やっと話せること。今ならこんな風に受け止められること。今回の演奏会がなければ、この気付きもなかったんだと・・・。
楽器(T.sax)まで探してお誘い下さった秀博先輩に感謝です。
"つながってる"って強いんだね。今まで振り返りもしなかった高校時代のこの思い出に、とても充足感を感じます。今やっとOBCに関われたこと、そしてこんな素晴らしい仲間がいて、共に音楽ができたことを、心から誇りに思います。にゃふこ先輩、いつも大好きだよ!

こちらこそいつもあたたかいメッセージありがとう(^^)maruちゃんとも連絡とってるそうで私も嬉しいです(*^^)

そうそう、コンバスのDANちゃんの子どもからは「にょんちゃん」と呼ばれています(^▽^;)

余談ごめんなさい。

お元気?

演奏会まで毎週、毎日会ってたけど元気そうで何より。まだまだあの感動が残ってるよね。
「運命の力」・・・先生はその後も何度も演奏されてます。また、山本先生が入院されたその冬の総合文化祭予選(冬コン)で私が雄城高ブラスでクラシック音楽を初めて振った思い出深い曲です。その日の朝も、「大丈夫?頑張って、落ち着いて・・・」と絞り出すような声で電話をもらいました。
いい結果が出なかったので、「先生に悪いなー、生徒に申し訳ない・・・」との気持ちでいっぱいになりました。「やはり私みたいな素人がやっては生徒に悪いや・・・」と思ってたら、「辞めるなんていわないでください」と生徒からメールをもらったっけ。
その頃ちょうど、仕事が激務で周りのメンバーが鬱病になって抜けていく状況の中、私が自分でいられたのは、オギブラのおかげ、先生のおかげ、生徒のおかげ。

卒業生、現役生、保護者、そのOB・・・みんな家族です。

大切しようね。

その後の運命

** にゃふこ先輩 **
にょんちゃん、ですかぁ!お~、だんちゃんのお嬢さんにも、そう呼ばれているんですね♪だんちゃん、まんちゃん・・・旧姓ニックネームは永遠ですね。未だに名字が出て参りませんにゃぁ・・・(^▽^;)


** Hide先輩 **
>「運命の力」・・・先生はその後も何度も
>演奏されてます。
そうだったんですね。
今考えれば、コンクールの結果なんて小さなこと。結果を求めた以上、芸術であれ、そこに"勝ち負け"があることは仕方のないことであり、そこが厳しさでもありますね。

>「大丈夫?頑張って、落ち着いて・・・」と
>絞り出すような声で電話をもらいました。
先輩はやっぱりすごいなぁ!私達がつなげなかった分、こうして山本先生と太い太い信頼のパイプ役を果たして下さったのですね。その姿は10年前とちっとも変わっていません。年をとらないのか幼いのか(冗談です)、お願いだからやめるなんて、言わないで下さいね(笑)可愛い後輩からのお願いでした。

こんな力強い、温かい、そしてオモシロイ家族がいて幸せです。新旧問わず、雄城台の家族の皆さんといつかまた部室で会える日が来たら嬉しいですね。「大分に帰ったら、とりあえず部室に寄ってこー」こんな家のようなコミュができたら、いいですね。

雄城台に行けて、あんな時間を作ってくれた両親にも、今やっと感謝できる年になりました。ハイジの運命の力、最近絶好調です!

なんかとっても感動しました。
涙が溢れてきました・・・
というか職場で見たので、抑えるのに必死でした。

素敵な学生時代を送ってたんですね。
そしていまのあなたがある。

誰でもそんな経験をたくさん積み重ねて
今を生きているんだね。

学生時代、未来のあなたがこうして一生懸命食育に取り組んでいようと想像ができたでしょうか?

未来は見えなくても、今をしっかり生きていたらきっと素敵な将来がやってくるんだろうね。

そんな夢が見えてくるメッセージでした。
ありがとう。

ご無沙汰しています。

9/16に4ヶ国のスローフードの支部から7人の方が見えるので、なにやらてんてこ舞いです。
そのうちの一人、ハワイ支部のナンシーさんのご主人と、昨年東京でお会いしましたが、なんと、ガイアシンフォニー第三番で、ナイノア・トンプソンが外洋航海カヌーを作るために、アラスカに木を求めて行く、そのときの旅に同行された方だそうなのです。

アラスカとハワイが星野道夫とナイノア・トンプソンを通じて、映画の中でつながり合う。あの時の感動というか、これはいったいどういう地球規模の「縁」なのだ、という思いは、いまだに忘れられません。

さらに、スローフードをやっていて、ナイノアにつながってしまったことも。

だからこそ、人生は面白いのかもしれません。
星野道夫の書き込みを見つけ、久々にあの感動を思い出しました。
ありがとうございました。

泣けました

先輩、その後いかがお過ごしですか?
僕が現役の時、21回生の「ウンリキ」のビデオを
こっそり持ち出して家で見ました。
あの頃吹奏楽を全く知らなかった(中学は水泳部)自分にあの演奏は衝撃的なものでした。その後ずーっと頭の中からメロディーが離れませんでいた。
オギノブラスがすごい部やったんやと初めて分かった瞬間でした。
素晴らしかったです。と今言えてうれしいです。
先輩、言い忘れましたが今回の演奏会で出会って、こんな若造のラテン男に声をかけてくれて本当にうれしかったんです。ありがとうございました!
先輩の日記で僕も色々と思う所がありました
(知ってのとおり、九州逃した代です)笑
うまく言えませんが、これからですよね?
またご連絡させて下さい
ん?なんかわけわからん文になってしまった・・・


今日、今、そしてここから

** たかちゃん **
今一番、一緒に熱く夢を語り合えるのはたかちゃん。大切な目の前のあなた、ありがとう。たかちゃんのメッセージにジンと胸が温かくなりました。
過去は振り返らずに来ました。今を楽しむことで精一杯でした。だけど今更、気付けたこともある。振り返ったら"仲間"や"笑い"という宝の山だったなんて、素敵でした。そこには家族が待っているような温かさがあって、今の私に自信をくれた。

>学生時代、未来のあなたがこうして一生懸命>食育に取り組んでいようと想像ができたでし>ょうか?
まさか食の道に携わるなんて、雨の日の稲刈りでまさか貴方に出会えるなんて、こんな笑える仲間に囲まれているなんて、10年前には予想もしていないことでした。人との出会いは、未来を変える、ということですね。

>未来は見えなくても、今をしっかり生きてい>たらきっと素敵な将来がやってくるんだろう>ね。
本当にそう思います。そう思うと、ますます楽しくなるね!去年はアラスカから指を加えて竹田の様子を伺っていましたが、目指したところに着地オーライ。愛を持って、深く(目の前の)この土を耕していきましょう。今一瞬のいとしきもの達へ。素晴らしき私たちの未来へ。そして今ここでつながった未来の仲間達へ。



**スローフードすぎなみToshi-shunさん**
アラスカとハワイが星野道夫とナイノア・トンプソン?!・・・なんというご縁でしょうか。こうしてToshi-Shunさんと出会えたのも食を通じて。いつも一段高いところでつながって下さっていることに感謝しています。楽しみにしています9月16日のイベントには是非行きたかったのですが、今月いっぱい大田村の古民家再生プロジェクトに注力したいと思います。
星野道夫さん亡き今も、彼の作品や思いを通して、人の"心"は動かされ、人は気付き、地球規模で人はつながっていくのでしょう。いつかきっとToshi-shunさんにも会えますよね!その時の感動のハグを温めながら、今目の前のことを感性豊かに味わっていきたいと思います。


** ラティーノ・ハッシー **
なんだよ、ハッシー。
泣くなよ。

>オギノブラスがすごい部やったんやと初めて>分かった瞬間でした。
>素晴らしかったです。
>と今言えて嬉しいです。

泣けるじゃないか。
素晴らしかったと、今聞けて、目から嬉しい涙がこぼれました。

>あの演奏は衝撃的なものでした。その後
>ずーっと頭の中からメロディーが離れませ
>ん。
私も、先代のシチリアやカルミナを何度も何度も何度も聴きながら、その演奏に心揺り動かされ、雄城台で演奏できることを夢見ながら中学時代を過ごしました。
「白鳥の湖」は、私達が外での基礎練習で耳に鳴り続けた、憧れの先輩達の大曲でした。今回の演奏会で、その譜を読んだことも、あのサックスの席に座っていた故・小野由美子先輩(A.sax20回生)を偲んだことも、こんな熱いラテン男ハッシーに出会えたことも、全ては私の人生にとって思いもよらぬギフトでした。

>うまく言えませんが、これからですよね?
そうです、これからですよ!貴方が舞台を降りない限り。・・・鳴り止まない拍手を心に描きながら、私も私の舞台を、精一杯演じ抜いてみせます。
私が舞台を降りない限り、私達の夢は今日、今、これからです。

おめでとう!!

ハイジさん・・・
お久しぶりです。
あっという間の夏が終わり、また寒さに震える季節がやって来ようとしている。

私が一番泣いたガイアシンフォニーの3番。
『結果が、最初の思惑通りにならなくても、
そこで過ごした時間は確実に存在する。
そして、最後に意味を持つのは、
結果ではなく、
過ごしてしまった、
かけがえのないその時間である。』

まさにその言葉を生きています。


もう少し時間が出来たら、もう一度貴方の言葉噛みしめながら、日記の数々を読ませていただきます。


今日はお誕生日おめでとう!!

お久しぶりです。お元気そうですね。
4日、5日で宮崎県に伊勢えび海道のPRに行ってました。生放送での伊勢えび捌きをバンバンやってきましたよ。また今度ゆっくお話をしたいですね。いろいろと相談もありますのでまた近いうちに・・・それまでお互い元気に頑張りましょう。

木のぬくもり、海の大将

** 家具職人meenaさん **
心温まる誕生日のメッセージ、ありがとうございました。大田村では、初めてノミやカンナ、やすりを手に握りながら、木のぬくもりを感じています。今までに体験したことのなかった、"木"と遊ぶ、触れ合う、一体になる、あの感じ・・・。meenaさんが、毎日自分自身と対話する、あの感じ・・・。言葉にはできないけれど、貴方のことを思い出していました。

『結果が、最初の思惑通りにならなくても、
そこで過ごした時間は確実に存在する。
そして、最後に意味を持つのは、
結果ではなく、
過ごしてしまった、
かけがえのないその時間である。』

私の、そしてあなたの
愛おしい、時間たち。
宝物を飾る、時間という過去の輝きや苦悩たち。

今生かされていることに感謝して・・・。


** ぴちぴち伊勢えびのピエールさん **
お返事遅れて申し訳ありません。このたび、「ハイジの食べる食育・親子劇場」で畑の芸能人デビューを果たしました(笑)
バンバン剥ける伊勢えびを、一目見てみたいですね。やはり何事も体験です。本物を伝えるあなたに、私も会いたい!9/22-23の食育コーディネーター研修では、宜しくお願い致します。コメントありがとう!

涙、涙。。。

先輩方の「運命の力」序曲の演奏は私が雄城台ブラスに入り、最初にその凄さを間近に感じた曲です。
当時1年生だった私たちは誰よりも先輩方の演奏を聞き、自分たちもこの和の中に入ることができるのだろうかという不安を抱えながらも、先輩方に少しでも近づけるように必死に練習したものです。
私も今回の追悼演奏会に参加して、雄城台ブラスの本当の素晴らしさに気づくことができました。私の知らない後輩たちがあの頃の私達と同じように音楽に一生懸命取り組んでいる姿を目の当たりにし、仕事や日々の生活をもっと頑張ろうと思うことができました。
今回の演奏会で先輩に会えたことうれしく思います。先輩はあの頃も今も私の憧れです。
連絡ありがとうございました。またおじゃましますね*^^*

九月祭

** 23回生みっちゃんへ **
フルートを支える華奢な腕、すらりとした立ち姿、今も昔も変わらない、あなたの姿を見て当時を懐かしく思い出しました。唯一変わったのは、責任ある仕事を立派にこなされ、家庭を持ち、娘から、素敵な女性になられたことですね。月日の変化を有難く思った瞬間でした。

つい1週間ほど前、演奏会で使った楽器の手入れに部室に寄って来ました。丁度九月祭(文化祭)のリハーサルで、中庭で楽しいショーを披露してくれました。勿論かっぽれも!マーチングバンドも顔向けの、躍動感あるステージ。3階の渡り廊下から、大きな声を出して指導指揮をするコンマスの2人、黄色い返事・・・たまにはツノを出して声を荒げた当時のことなどを思い出しながらも、楽しいショーを満喫しました。

みっちゃんと同じように、私も『白鳥の湖』に全く同じことを感じたものです。脈々と続く、この”情熱の流れ”に母校の素晴らしさを感じた一瞬でした。

この夏の宝物を、同じステージで共感・共演することができたことを、心から嬉しく思っています。また一緒に奏でる日を楽しみに。

コメント

ありがとうございます(^^)
素敵なサイトですねー。

食育ネット:スパイラル・ディスカッション

** Youxさん **
お久しぶりです。コメントありがとう。お花の上手なYouxさん、お写真を見るだで心が潤います。

今日は食育ネットの”スパイラル・ディスカッション”なるものをやってみました。内容は・・・最高・最強・最笑を目指して、食を真剣に考えるグループの活動です。Youxさんの英国体験も、いつか皆さんにお聞かせ頂けると嬉しいです。

私は、9月に入り、県内各地を飛び回っています。取材が多いので、書きたいことはたくさんあるのですが、なかなかBLOGの方はアップできません。10月より竹田市に住む予定です。またお目にかかれる日を楽しみに。

heidi。
がんばれ!!
応援してます。
先日はお疲れ様で~~した。

たけたんハイジ

** 漁師料理研究家のピエ~ル様 **
すっばらしい、海の幸をありがとう。まさに英雄でしたね♪山の中で、あんな美味しい海の幸が食べれるなんて、すご~く贅沢な時間でした。ありがとう(^^)
私は1週間がかりで、やっと家の掃除が終わり、明朝にでも引越しの荷物を運び出そうかというこの頃です。昨夜はTAOと花火が、私の竹田入りをとってもおメデタク迎えてくれました。

今夜は大田村のパン窯でポール自家製の全粒粉を使ったピザとパンを焼きますわよ。来る?

お元気ですか?
返事が遅くなり申し訳ないです。
いよいよ竹田人ですね。海も良いけど知れば知るほど山もいいなと思う・・・この頃です。
いつも忙しくしてるみたいなので体に気を付けて新天地で頑張って下さい。中々参加できないけどいつも誘ってくれて有難う。
懲りずにいつも誘って下さい。
明日・明後日は、水産振興祭で別府です。
またお会いしましょう。

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