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地球と遊ぼう、ハイジの丘協会 太平洋戦争と大分県

太平洋戦争と大分県 

昭和天皇が太平洋戦争の終結(降伏)を宣言した1945年8月15日正午。陸海軍の徹底抗戦論を辛うじて抑え9月2日、東京湾に浮かぶ米戦艦ミズーリ号上での降伏文書調印に大きな役割をしたのは、大分県出身の4人だった。

杵築市出身の重光葵(まもる)外相
竹田市出身の阿南惟幾(これちか)陸相
中津市出身の梅津美治郎(よしじろう)陸軍参謀総長
杵築市出身の豊田副武海軍軍令部総長。

このうち、阿南は「一死を以て大罪を謝し奉る」との遺言を残し、8月15日早朝、割腹自殺をした。それから6年8か月の間、日本は進駐軍に歴史上初めて、国土を占領されることになった。(大分学講座・辻野功教授の話より)

焦土から始まった血の滲むような努力による日本の復興と繁栄は世界の称賛を受けたが、沖縄米軍基地、日出生台での演習、原爆症認定問題をみると、戦後は決して終わっていないと感じる。

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