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地球と遊ぼう、ハイジの丘協会 団扇

団扇 

四季のある日本に生きた日本人は旬のものに対してデリケートだった。
梅や桜の模様を浴衣にするなぞもっての外で、大体、花の柄の着物や帯はその花の季節に装うもの、一枚きりしかない着物を花の柄にして、庶民の誰もが着用した浴衣には洗練された模様が染められていた。

さまざまの波の文様やら朝顔や撫子(なでしこ)、桔梗(ききょう)、団扇づくしだの、破れ格子やいろいろな縞(しま)模様、大胆な柄もあれば、上品で職人の技のありったけを注ぎ込んだくせに、如何にもさりげなくみえるものなぞ、浴衣一枚にも庶民の心意気が染め上げられていた。そして、色は白と藍(あい)。

江戸人の季節に対する感覚はとても優れていて、豊かな日本になって夏に店頭に並ぶ浴衣が絵の具箱をひっくり返したようなものになるとは江戸の人は思ってもみなかっただろう。

今夏は、節電を考慮しつつ暑さをしのぐ必要がある。アスファルトなどというものがなかった江戸の町では日照りの続く夏には打ち水が欠かせなくて、よく商家の小僧が店の前にまく柄杓の水が通行人の着物の裾にかかったりしてトラブルになる話が出て来る。そして江戸の街では初夏、行商の団扇売りが、売り声を上げながら歩く姿が見られた。骨董巡りで見付けた竹の団扇が役立ちそう。

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