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地球と遊ぼう、ハイジの丘協会 森と生きる、狩りの旅  =狩する男達=

森と生きる、狩りの旅  =狩する男達= 

かつて少年だったフォレストの最初の狩りは11歳の頃だった。

ムースを追ったんだ。撃ったんだ。僕が殺したんだ。血まみれになってさばいたんだ。

「哀しくなかった?」

初めての時も、2回目も、3回目も、やっぱり泣いたよ。死は一生僕が背負っていかなくちゃいけない。そして消えない。

▼11月5日。頭の上でビュンビュンと風が唸っている。この山を歩きながら、ハニーは、様々な植物や動物や天気の話を子供達にしたに違いない。南から吹く風は、天気が下る知らせ。カリブーや、ムースや鹿が、どんなものを食べ、どんな生活をしているのか。彼らの視線で森を歩けなければ、狩りはできない。山で迷ったら、まず川に出ろ。大きなバーチ・トゥリーの下なら野営ができる。雨の中での火のおこし方、キノコや苔の食べ方、ウィロウの芽を煎じてお茶にする方法。気性の荒いムースに会ったらどうするか、クマに出会ったらどうしたらいいのか、8歳のモルガンでさえ、日常の中で知っていた。子供達は、時に3週間にも及ぶキャンプを通して、夜の深さを知っただろう。

緑の絨毯

△森で唯一の緑。ふかふかの苔。

▼北で生活する人達は、常に「最悪の事態」を考え、備える習慣がある。アラスカの人は車で遠出する際は、必ず寝袋や防寒着を積んでいる。万が一、車が雪山で故障した時、凍死しないようにするためだ。ラインハート家には8本の消火器が、ドアの側に設置してある。建坪100坪の2階建て。家には大きな冷蔵庫が2台、100ℓの冷凍庫が2台ある。4年前、大雪でアンカレッジにつながるフリーウェイが1週間閉鎖され、町のスーパーから生鮮食品が一切なくなったことがある。家族4人、半年は買い物に行かずに済むかもしれない。地下室には、畑でとれた野菜。キノコ類は乾燥、鮭やチーズはスモーク、ビーツは漬物、そして夏の間に捕ったハリバットと鮭は真空パックや缶詰にして保存してある。

万が一への備えは、常に役に立ってきたし、子供達も何が起こるか分からないキャンプを、身をもって体験してきた。

ある年のムース狩り。一緒に行った友人のトラックに、食糧やテントなど全てを積んでいた。燃料がなくなり、備えの予備燃料タンク4本を開けてみたところ、ガソリンではなく、全て水だった。その男、町までガソリンを買いに行く、と言って山を下りたきり、4日間戻らなかった。5日目にハニーが、ガソリンを買いに町まで30km歩いて翌々日戻ってきた。留守番をしたフォレスト(9)と兄スティーブ(11)は2人きりで2晩を過ごした。1週間目、燃料が補給されたトラックと共に、山を下る。途中、山で遭難した男に無事出会った。
15年前、ハニー、三女ジェニファーと友人が、同じコディアックに鹿狩りに来たときのこと。一緒にきたハンターは全ての食糧を積んだダンボールを、車の中に忘れてきた。2週間、塩・胡椒も何もない、獲った鹿の肉だけを焼いたり茹でたりして食べた。
フォレストが寝ている時、キャビンが熊に襲われたこともあった。熊がドアを壊した2夜目、闇の中で闘った時には、弾を入れ忘れて、危うく命を盗られそうだったとか。

ハニーは元空軍のパイロット、リンダママは元看護師だったことも一助である。一歩家の外に出たら何があるか分からない。緊急事態にパニックに陥らないこと、自分のそして他者の生命を守ることを、子供達は3歳になる頃から訓練されてきた。



▼5kgのライフル。冷たい鉄の塊は、運び飽きるのに十分な重さだった。ある日、鹿に出会う。夏の日の光を吸い込んで艶やかに光る背中。その鹿は、子供の頃にママが読んでくれた絵本の中の仲間達、森を蝶たちと飛び回る愛くるしいバンビの姿と違わなかったか。ベットの側で、母親の声と共に眠りについた、かつての親友ではなかったか。あらゆる神経を集中させて、ゆっくりと近づいていく。親友が、銃の標的に変わる瞬間、私達は、2つの生命の直線上に立っている。人間と野生動物の駆け引き。初めての銃。引き金に指をかける。見る。鹿もまた、ハンターを見つめる。世界が一瞬止まったような時間。そして野生動物の死・・・。

ハニーは指示を与えながら、子供達に自分でしとめた鹿を解体させただろう。わずか数分前まで、全存在を持って荒野に生きていた一頭の鹿。ひとつのナイフで、いかに正確に、丁寧に鹿の身体を離していくのかを学ぶこと。それは、いかに鹿の死を自分の中で理解していくのか、ということでもあった。死の重みと冷たさを。この死の存在は、一生消すことのできない事実だった。

彼らは血まみれになって働いただろう。一つの生命を終わらせ、自分の手で触れ、子供ながらに、何かを知っただろうか。我々を含めたすべての生命が、他の生命に依存しているということを。その肉を口に含んだ瞬間、その鹿の生命を自分自身が生きていくのだということを。

彼のような父親をもったフォレストが羨ましかった。長男のボブも、長女のベッキーも、それぞれ彼らの子供4人に、狩りをさせている。
ベッキーの亭主ウェスは、10歳になった息子が自分と同じ重さのカリブーを運ぶとき、1人の男と男になった、と言っていた。

きっとあのスショーン青年もこうして父親にカリブーや鹿の狩りを習ったのだろう。初めて狩りをしたのもこのコディアックで、兄弟共に9歳の頃だと言った。


▼風の強い丘の上で冷たいサンドイッチを食べようと、視界のよい所へのぼる。私がのぼりきれないうちに、

バンッ

続けて、バンッ

2発の銃声が聞こえた。緊張感が走る。

フォレスト、ごめんね、と私に声をかける。
「多分当ったってるだろうから、見てくる。まだ生きていたら、酷いことをしなければいけない。下に行って確認してくるから、合図が見えたら、下りて来い。」

荒野に消えた命

△「荒野に消えた命」確かめるフォレスト。向かいの丘右端からメスがこちらを見ていた。

大きく彼が手を振った。丘から200m、荒野の中で、あなたが倒れていた。3歳オス、フォーク(角)が左右に2本。その死者の前では、他のいかなる言葉も重みを失う。フォレストは、ライフルとリュックを地面に下ろし、上着を脱いで、とっとと解体を始めた。

忘れられなかった。
1匹のメスが、丘の上からじっとこちらを見ているのだ。たった数分前まで、あなたと一緒にこの荒野を走り抜けた相方だった。反対側の丘の上で、ちらちらと動く稜線は、危険だった。普通のハンターなら、彼女を撃ったに違いなかった。あなたの毛皮が剥がされ、心臓をぬきとられ、この美しい森で踊った2本の脚は音を立てて切断され、赤い肉の塊になって木の枝に干されるまで、彼女はずっと、動かなかった。

恋人は、もう帰らない。

ごめんね。
彼女の姿を思うと、ここにいる自分が痛かった。私をどんな目で見ただろう。愛する人の最期を、どんな目で見つめただろう。殺したのは人間で、私もその人間の1人なのである。彼女が見ていたのは、愛する人を喰う人間だ。吐き気が出そうだった。骨を噛まれるようだった。

まだ1時半を回ったところ。キャンプに戻るには早すぎた。もう少し、この近辺で鹿を待ってみよう、ということになった。それでも70kg近くあったと思う、大きな木の枝にあなたを吊るした。私達が50mほど離れると、もうあなたの周りには30、40羽もの真っ黒な影が青い空を染めていた。筒のような声を上げて、仲間を呼び合っている。この早さは尋常ではなかった。1時間も経ては、きっと肉の欠片すら残っていないだろう。カラスに獲られてたまるか。

2頭目を諦め、肉をとりに戻った。今日はハニーもフォレストもゲームバックを忘れる。フォレストは、ためらいもなく、その肉の塊を背中に担いだ。ウールのセーターに、赤い斑点が生まれていく。

バンッ。

また一発。今度は北から、ハニーの銃声だった。1歳のメス。
ハニーは毛皮を着せたまま、細い獣道、あなたを引きずっていた。湿地帯の側に、20~30cm、穴ぼこが5、6掘り返されている所がある。熊がネズミを狙ったものだろう。ここのネズミは大きい。海の色は、空を吸い込んで、毎日新しかった。
空の鏡、海の色

△「空の鏡、海の色」

キャンプまであと800m。海岸に出て、ようやくハニーに出会う。彼は疲れていた。重い腰を下ろして、フォレストの肉に目をやる。

ゲームバックを忘れた日。肉を運ぶ男達。

△ゲームバックを忘れた日。裸の肉の塊を担ぐフォレストと、解体せずに、そのまま引きずってきたハニー。
肉を運ぶ男達

△「肉を運ぶ男達」キャンプは、この海岸を右手に300m上った所にある。

今夜はハリバット(平目)のソテーに、ホクホクのジャガイモを茹で、甘いキャベツと人参でシチューを作った。フォレストは今日やっと自分で鹿を獲ることができて誇らしげだ。どこでどんな風に獲ったのか、男達の話は尽きなかった。キャンプとは信じられない、毎晩豪勢な食事だった。魚も野菜も、すべてハニーの手にかかったものだった。


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