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地球と遊ぼう、ハイジの丘協会 森と生きる、狩の旅   =命は分け合うもの=

森と生きる、狩の旅   =命は分け合うもの= 

バンビ、あなたの瞳の中に


大切なことは全て父に習った。
森の歩き方、銃の使い方、鹿の見つけ方、解体、荷造り、野営の方法、何が食べれるのか、道に迷った時、悪天候に見舞われたとき、熊に出会った時、どうやって自分の身を守り、自分を助けたらいいのか。
全てに耳を傾けなさい。
あなた自身の声を聞きなさい。内からの声を。

鳥や、風や、太陽や、父や、人の言うことから何が分かるか?
今、何が聞こえるかい?」

11月4日。狩り2日目の朝、初冬のコディアック島は、強い風に見舞われた。

狩りの朝


朝の引き潮の時間、ビーチで会ったスティーブ一行と、お互い今日進む方向を確認し合った。「この寒さは、大和撫子にとっては堪えるだろう」とスティーブ。摂氏-2、3度か。吹き付ける海からの北風に、体温を奪われそうになった。うっかり体温を盗まれてしまわれないように、ジャケットの襟を立てる。

キャビンから200mの所に、ハクトウワシが大きな巣を作っている。彼らは、アラスカを除く北アメリカのほぼ全域から姿を消した。DDTなどの農薬使用によって汚染された魚類を食べ、繁殖能力を弱めた結果らしい。子供のワシは頭が黒くない。木の枝の上で、じっと風をこらえているようにも見えた。

磯辺を歩いて、湿地帯に出ると、カナディアン・ダックとカモメの群れが忙しい朝の会話をしていた。ウィロウやバーチの黄葉は落ち、秋の輝きを失った山は、季節のない色に覆われていた。


▼ハニーと別れて、凍った湖の上を歩いた。その中央にビーバーが大きな巣を作っている。昨日登った丘まで戻り、中腹に腰を下ろした。風の通り道をふさがないように、草むらの中に屈む。谷間を見下ろす。そこには、おおよそ”人工”と呼べるものの影は何一つ見当たらなかった。曲がりくねった川、曲線を描く幾つもの山、唸り声を上げる風、太陽がこの谷に入るのは正午から4時間ほどだった。ネイティブ・インディアンは、このような世界を持ち、このような世界の中で生きただろう。そこには道路も車もビルもない。真っ直ぐなものは、何一つない地球の表面だ。色がないわけではない、この地面には私の想像のつかないくらい、たくさんの昆虫や植物や微生物が眠っているのだ。夏にはファイヤーウィードや、プシキが谷を一面に埋めただろう。どんなに美しいだろうか。しかし私の背丈を遥かに越える緑の隙間を、熊の影を恐れながら歩くのは勇気も体力もいる。私は地球にすっぽり包まれた。

谷の日の入りを待つ。私達は、バック(オス鹿)を狙っていた。選べるものなら、極力繁殖の妨げになるボックス(メス鹿)は獲らない。しかし、待てども待てども、その姿は見当たらなかった。6年間、パソコンに向かい続け、デスクワークで酷使された私の裸眼は、いくら目を凝らしても、もう狩りなんかで役に立つものではなかった。双眼鏡で、動くものに目を見張る。―熊か?

熊かと思った。フォレストに指を指す。

「ほら、あそこ!見て」

銀色のそれは、豪華な尻尾だった。キツネの毛は、こんなに美しいものか、見ているだけで指が滑りそうだった。昨日この森で私達の狩り初日を飾った、あなたの肉を貪っているのだった。マグパイも一緒だ。
一旦丘を下り、南の高台へ登ることにした。その途中、彼は私達のトレイルに出くわして、一度立ち止まると方向を変えて、また元の死骸の場所へ戻っていった。その光景は、今なお彼が生き続けていくための、目に見えない広がりだった。

あなたは今、あなたを分けた森の中に溶けていく。

新たな草の繁みに腰を下ろして20分ほどが経過した時、川の下流で4発の銃声がした。

「親父も腕が落ちたな」
フォレストが言った。昔は、1発で十分だったらしい。その1発が命中したかどうかは、空気の抜けるような音、ズンとした詰まった音で聞き分けができる。銃の練習をする時には、流木を宙に放り投げて撃つ練習を繰り返す。勿論ムースも鹿も、ハンターに気付いたら逃げない筈がない。彼らの数歩先を狙うのだ。長くて300m。400m以上離れると弾のスピードが落ちてしまう。

彼らは、万が一熊に出くわした時のための弾も持っている。熊は普通ヒトを襲わない。怖いのは、お互いベリー摘みに夢中になって、後ろを見合わせたら、熊がいた、という状況か。山に入る時は、できるだけ大きな声で話し、手をポンポンと叩いたりする。万が一熊の視界に入ってしまったら、こちらが人間だと分かるように、両手を大きく振って走らずに視界から離れる。それでもこちらに向かってくるようなことがあり、最後の最後の手段が鉄砲だ。足を狙って動けないようにする。至近距離で、ズボッと狙える弾丸だ。
スキャット、鹿の毛皮をのみ込んだ熊

△スキャット=鹿の毛皮をまるのみした熊の糞。


▼私達は立ち上がって、銃声のした方向に足を進めた。途中、生鮭の臭いの立ち込める水溜りがあった。ハニーが言っていた、1ヶ月前まではキング・サーモンの上ってくる場所だった。その川を1kmほど下った。ハニーの音が聞こえる。「こっちだぞ」。見たくないのか、見るべきではないのか。彼のいる所まで近づけは、また哀しい光景を見なければならなかった。私はまだ昨日の痛みから立ち直っていなかった。苦しくて、その思いは今も複雑だ。そんなことを知っていながら、子供の怖いもの見たさに、ゆっくりと身体を進める。川から林の奥へ、20mほど真っ赤な血が、枯葉の上に跡を残している。重症を追って、あなたは、魔の手から逃げた。
そっと目を開けると、そこには穢れのない、あなたが命絶えて崩れ落ちていた。目と口の間に、4発目が当たったらしかった。
私は、痛かった。必死に走り抜いたこの数メートル、愛するものを回想する間があっただろうか。3歳、メス。あなたの瞼に手をのばすが、あなたはその瞳を閉じなかった。

手を合わせることが、何か意味をもたらしただろうか。しかし、そうしないではいられなかった。私は、ここに来たことを今、心から後悔し始めていた。私が、”私達”として、狩る側としてここに立っている事は否みようがない事実だ。楽しい嬉しいハイキングならば、どれほどあなたの美しい姿に感動しただけで済んだだろうか。何があって、私達にあなたの命を奪う権利があるのだろう。あなたは追われ、怯えるのに、どうしてヒトは狩られないのだろう。神はあなたを喰うことを許したか。ビーガン、純粋菜食主義、マクロビアン・・・これらの域に入れば、私はこの死の重さから解かれることができるかもしれない。色んなダイエット(食事療法)が頭の中を駆け巡っている。狩に来るということが、何を見ることか、何に立ち向かわねばならないことなのか、そこで起こることくらい、全く予想のできない事ではなかった。私はもう見たくなかった。解体が終わり、「運んでみるか?」と言われたが、触るのも嫌だった。

鹿の臭いの染み付いた2人のハンターの後ろを歩く。キャビンへ向かって川を下り、湿地帯へと続く森の入り口で、小さな妖精に出会った。

バンビ、6ヶ月

今年の春生まれた6ヶ月の小鹿だ。思わずポケットに手を突っ込み、カメラをとって、近寄ってみる。小鹿は、首を上げたりもたげたりして少しずつ前足を移動させる。ドキドキした。私とじっと目をあわせて、また地面に視線を落とした。この距離は約2m!
ため息の出るような、可愛らしい姿だった。私の後ろには、鹿の肉を担いだハンターが待っている。このドキドキは、あの引き金を引くときの緊張感とは全く違う、柔らかな一瞬だった。
何故、逃げなかったのだろう。あなたはハンターを知らないの?
何故、撃たなかったのだろう。あなたはまだ幼い。
「銃を知らないんじゃないのかな。人間から逃げることを教えてくれるママがいないのかもね」とフォレスト。
少しの間のトキメキが、森を進む光を与えてくれたような気がした。気持ちが少し、明るくなった。

「何故動物を殺すの?哀しくないの?泣かないの?何故狩りをするの?」狩りに来ておいて、こんな馬鹿げた質問をしたら、叱られるだろうか。満潮の夕方時、海岸ではなく、小山を越えねばならなかった。ハニーは、疲れていた。なにせ銃だけで5kgはある。フォレストの銃を預かったが、持ち方が悪い、と何度も注意を受けた。ハニーが3度目に立ち止まり、「先に行ってくれ」と言った時、私が彼のリュックを背負うことになってしまった。選択の余地はなかった。

私の背中で肉の塊がゴロゴロと鳴った。


▼この晩、私達はあなたのレバーを食べた。A4くらいの血の色をした肝臓だった。多目のオリーブオイルをフライパンに敷き、小麦粉と自然塩をまぶしてソテーにする。小麦粉が見えなくなったら、ひっくり返して強火で5分。
森のレバー


ハニーの畑からとれた甘いブロッコリー、人参、そして北海道ポテトもビックリ、世界一のジャガイモ達でスープを作った。


私は、森を食べている。
風とささやく木々のきしめきや、あなたの咽を潤したあの泉、
闇夜に増すこの星の輝きさえも、この森は吸い込んで
私の中で溶けていく。
あなたは、目の前で崩れ落ち、
あなたを貪ったキツネや鳥達と同じように、
私の中で、あなたは生き帰った。
肉についた一本の毛さえ、骨さえも、
全てこの森で生まれたものだった。
あなたは、私に命を注いで、
私になった。

私達は熱いスープを口に運びながら、あなたを語っている。薪のストーブが、パチパチと弾ける音。キャビンの中は熱気に満ち、死んだ者への悲しみは、不思議な明るさへと昇華されてゆく。

(続く)



※純粋菜食主義・ビーガニズム(VEGANISM)とは;
食用・衣料用・その他の目的のために動物を搾取したり苦しめたりすることをできる限り止めようとする生き方であると定義することができる。
畜肉・魚肉・鳥肉・卵・動物のミルク・蜂蜜やこれらの派生品など、すべての
動物性の食品を食べずに生活することを指す。純粋菜食主義を実践する最も一般的な理由として、家畜・家禽類に苦しみを与えることへの嫌悪がある。しかし、健康・環境・精神面など他の理由で多くの人々が純粋菜食主義に加わっている。国際ベジタリアン連合-日本語版より引用

コメント

私になる

>私は、森を食べている。~
あなたは、私に命を注いで、
私になった。

自分のパワーとなってくれたんですね!
そう考えることができたら、自分には誰にも負けない(負けられない)エネルギーが備わったことになりますね!
弱肉強食と言うと語弊があるが、仮にヒトが強となるならば、弱を包み込んで強く生き続けなければならない!自分も含め今のヒトにはその気持ちがあるのだろうか?簡単に生を放棄する。丁寧に生きることもそれに含まれるのかなぁ。
実に良いことを考えさせていただきました☆

食べ物の命

私は毎日、お買い物に行きます。スーパーマーケットには綺麗にパックされたお肉が並んでいます。ここに並んでいるものは「生きていたもの」だったはずだけど、どんなに想像力を働かせてもピンときません。
私たちは、沢山の命を食べて生きています。でも私を含め大多数の人は、日常生活で「食べ物の命」を感じることは難しいと思います。だからつい、食べ物を粗末にしてしまうのではないかと思います。ハイジさんのような貴重な体験をされると、食べ物に「命」を感じられ、粗末にする事はないでしょうね。あなたの経験を通じ、私も沢山の命を食べて生きている自分を自覚して生活したいと思います。
日本の良い言葉「勿体無い」の心。これも次の世代に伝えたい「食育」ですね。

  • [2005/11/22 23:28]
  • URL |
  • やぎのユキちゃん
  • [ 編集 ]
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私にとってアラスカとは、星野道夫の写真集とガイアシンフォニー第三番なんですが、今度からはそれにHeidiさんの文章が加わりました。
アメリカにいると、本当に食育の大切さを痛感します。食べ物を粗末にするな、という言葉はアメリカにはないのか、と思うくらいみんなが簡単に食べ物を捨てますね。なんだか食べることで私たちが生かされている、という感覚が希薄になってきているのかな、と思うことが多いです。

「もったいない」

>金ちゃん
そうだよね。喰うものと喰われる者、強者と弱者、陰と陽、どんな物事・生物に於いてもその関係は切り離せないと思います。私達は、他者の命に依存せずに生きることができない。だって、すべてはつながっているんだもの。
金ちゃんの言う"エネルギー"。つくづく感じることは、ラインハート家の人々の高いエネルギー、いいエネルギーです。畑の野菜、そしてこの壮大な森と海を生き抜いてきた肉を食べている。70代とは思えない体力。そして好奇心旺盛・多趣味、"ヤル気と集中力"の絶えない健全な精神。とってもいいエネルギーを持っている。スーパーマンの両親は、Super Parentsだった。スーパーマンの妹は、Super Sisterだった。まさに、私達の身体は、地球からの頂き物。食べた物で作られているのですね。


>やぎのユキちゃん
「スーパーに並ぶパック詰めされた肉。"生きていたもの"だったはずだけど、どんなに想像力を働かせてもピンときません」
この言葉、痛いくらい共感です!!簡単・便利世代の母親に育てられた我が家に、加工されていないものは出てきませんでした。
イクラの筋子、切り身ではない鮭、殻のついたナッツ、鴨の羽、血のついたレバー、首のついたチキン。こちらに来て初めて見るものばかりでした。家庭菜園を通して、少しばかりの野菜の姿を知りましたが、どんなにがんばっても、昭和20年以前生まれの人達に比べたら、まだまだ知らないことばかり。それなのに、その経験は、道具と共に、失われていくことばかりです。「お客が来たら、庭の鶏を絞めて食べた」こんな風景は、もう2度と戻ってこないのかな。おじいちゃん達が、山でどんな遊びをしたのか、おばあちゃんがどんな風に漬物を漬けるのか、話を聞こうじゃありませんか、語り継ごうではありませんか。


>sakura_usさん
ありがとう!地球交響曲、今また改めて見てみたいです。こちらにきて初めて星野道夫さんの著書を読みました。アラスカで彼の活字が読めるなんて最高の贅沢。真っ暗な闇のキャンプで銀河を見上げた時、彼の世界に入っていけました。冷たい風の中にも、入っていけました。雪の日の美しさを、身体いっぱい感じることができました。熊に対しても見方が変わりました。日本にいたら一生分からなかったことだらけでしょう。
改めてここに立っていることに感動しました。

Don't they have a sense of wastefulness?「もったいないという感覚を知らないの!?」米国の大量消費社会を見ていると、まさに石油の国だなぁ、と感じます。といっても1920年代の世界恐慌を知る世代は、物を大切にします。お二人の仰る「もったいない」、日本から発信できる素晴らしい言葉です。日本が世界の手本になるには、不便を楽しむ少しの辛抱も必要かもしれませんね。
Thanks Givingの私のキーワード、「もったいない」に決定です!

>iLOVEdesigneさん
TB、ありがとうございます。雪の滑走路も、悪くないですよ~。隣の家までソリで行き来が出来るなんて、まるで夢のようです。昨日はマヤ(2)をソリに乗せて、近所に住むベッキーのお見舞いに行って参りました。ソリって使える~!!

一瞬の輝き

お久しぶりです!
いつも読ませていただいて、感動してばかり。(ごめんね、なかなかコメント残さなくて)すばらしい経験とその表現力!
いつの日かこの毎日の体験記が一冊の本として世に出るのが楽しみ!そして帰ってくるのが楽しみ、早く会いたい!と思っているのです。でももっともっと空高く!期待も無限大。

毎日の生活に追われてばかりで、そんなハイジちゃんの経験からすると、なんてちっぽけな世界でこまごまと働いているんだろうと悲しく、またうらやましくさえ思える・・・

誰しもがそんな経験が一瞬でも出来たら、私たちが時間をかけて理解しようとすることは浸透し、私たちが誰かに伝えようとがんばってやっていることなんて、一瞬にして理解してもらえるのにな~なんて思います。

すべてはその感謝の気持ち、そしてそれを感じる心、いちばん大切なのに、わかっているのに・・・忘れずに大切にして生きていけたらいいのにね。

なんかうまくいえないけど、ハイジちゃんの経験はどんどん伝わる、広がるはず、そう伝えなきゃ!
いつも啓発されてしまう私でした。

食育ネット大分

>たかちゃん、そして食育ネットの皆様
毎日の生活に追われてばかりで・・・だなんて、とんでもない!「おむすびカフェ」や長湯での食と観光イベント、臼杵の味噌汁イベントなど、竹田を発信とする食育の盛り上がりは、金丸弘美先生の食のエッセイにもあるように手にとるように感じていますよ。たかちゃんが、どれほど皆の陰で働いていることか。食育が動き出した。私こそ羨ましい限りです。

"誰しもがそんな経験が一瞬でも出来たら、私たちが時間をかけて理解しようとすることは浸透し、私たちが誰かに伝えようと頑張っていることなんて、一瞬にして理解してもらえるのにな~なんて思います。全てはその感謝の気持ち、そしてそれを感じる心。どんどん伝わる、広がるはず、そう伝えなきゃ!"

このメッセージを読んで改めて、原点に返ることができました。力強い励みの言葉、本当にありがとう。こうして世界中の仲間を通して私の体験させて頂いたこと、気付かせてもらったこと、学ばせてもらったこと。語り、受け継ぎ、伝えていくことを一冊の本にしたいと思います。アラスカのこと、味噌作りのこと、そして食育ネットでつながる大分のこと、そしてこのBLOGでつながる日本各地のこと。今、私が自分で創り出しているものは何もなくて、食の大切さを教えてくれたのも、色んな気付きをくれるのも、全て人との出会いがあるからなのです。素直でありたいと思います。

皆様との再会を、楽しみに。

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無事にNY

ご無沙汰してしまいました。ワタシがお邪魔しているアパートにはインターネットアクセスが無い。。。(泣) インターネットの無い生活なんてまるで山頂の山小屋のようだ。。空気が薄く感じる。(んな、オーバーな。。) ここにはアメ人5人が住んでおりまして、アパートに....

  • [2005/11/22 01:09]
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