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地球と遊ぼう、ハイジの丘協会 森と生きる、狩の旅   =ある鹿の死=

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森と生きる、狩の旅   =ある鹿の死= 

「しっ、ハンターよ!静かにして。木の陰に身をかがめなさい。こっちを見ているわ、いいわね、じっとしているのよ」

ある晴れた、午後の森


そんなママ鹿の声が、今にも聞こえてきそうだった。
山の稜線に目をこらしながら、枯野を歩いている。凍った水たまり、誰がつけたのか、獣道をたどる。

▼「パンケーキを食べたら、一日腹がすかないんだよ」
キャンプと言ったらパンケーキ(ホットケーキ)でしょう、というハニーの好きな朝食を作って、彼より30分遅れで山に入る。
11月3日、曇りの朝。

私にとって初めての冬山。一体どんな格好をしたらいいのだろう。今日から色々試してみることにする。Tシャツにフリースのベスト、モンベルのウィンドブレーカー、その上にダウンジャケット。綿とウールソックスの2枚重ね。ジャージの上に防水パンツ。そしてレインブーツはアラスカ人の山・海・川・雪道生活をサポートする”Xtra Tuff”(和名:強靭?)。滑り止めと保温機能も抜群。日本に持って帰りたい1足、ちなみに値段は78$前後。ジョセフィンが貸してくれた犬ぞりに使う雪山帽子、2枚の手袋を重ねる。私の赤い手袋と帽子は、他の2人への目印となった。が、セピアの目を持った鹿からは、赤が見えない。米国内でも、幾つかの州では、ハンティングをする際、赤い上下のつなぎなどを着ることが法律になっている所がある。誤って二本足のもの(ヒト)を撃つのを防ぐためだ。

ブルーベリー、ローズヒップなどの枯れ枝を掻き分けて幾つかの丘を越えた。10分も経つと、身体が温かくなった。トレイルのないやぶの中、バシバシと容赦なく顔にぶち当たる小枝に目をつぶる。今日最初の登場は野兎だった。私と目を合わせて、ギョッとした表情が微笑ましかった。崖の下に水が流れる音が聞こえる。縁を歩いて谷間に向かう。美しい水の響きに口を近づける。ペットボトルに水を汲もう、水にじゃぼんとつけた手の感覚がだんだんなくなっていく。迂闊だった。手はつけるべきではない。

ハニーとフォレスト、二手に分かれて、高台に向かった。南にそびえる山の下手から川が流れ、下手にブラック・コットン、ウィロウ、アルダー、バーチ、そしてほんの少しのスプルースが広がっている。四方を山が囲み、石ころだけの川が海へ続いている。
「ここなら、鹿の様子が見えるだろう」11時半、私達はこの高台から鹿を見張りながら、腰を下ろし、サンドイッチとリンゴをかじる。

時々ジャケットを濡らした雨が、白いものに変わっていった。2人はジョークを飛ばしながらも、”何か動くもの”に目を凝らしている。30分ほど経ち、谷に太陽が入ってきた。辺りを覆う薄い霧がなくなり、北手に大きな山が3つ姿を現した。驚いてカメラを撮ろうとする私に、「しっ、かがんで!」と命令が下る。時折吹く風は、人間の匂いを運ぶ。すぐ下の雑木林で1頭の動くものがある。私が双眼鏡を覗いた時には、茂みに入ってしまった。10分ほど経ち、また動くものを見つけた。

「大きいが、お前が撃つか?」

と、フォレストへの質問が終わらないうちに、ハニーのライフルが火を噴いた。

パンッ!

全身に緊張が走る音。命中したか。

「どこ、どこ?」

どこまでも続く、鹿色の枯れ野と木々の起伏。彼らの視力が恐るべきものであることを、知っていた。9月にホーマーを訪れた幸子ママがこんな話をした。湯布院にある彼女のログハウスでフォレストと食事をしている時、「由布岳の頂上に赤と黄のジャケットを着た2人の登山者がいる」とフォレスト。山頂まで10kmはあるだろう。望遠鏡で覗いてみると、米粒よりも小さな人間が確かに2人いるようだった。「アラスカの空は大きいからね、ここで育つ子供は視力がいんだよ」と言っていた。72歳のハニー、近眼になっても動物を追う目は衰えない。
私が双眼鏡を覗いても探し終えないうちに、フォレストはリュックを持って立ち上がり、枯れ草の茂みを下っていった。私も後を追う。ハニーは、もうしばらくこの場所から別の鹿を見てみる、と言った。




透明のビー玉は、あなたの愛した森と青い空を吸い込んでいた。

あなたは知っていただろうか。

丘の上からじっと、あなたが動くのを待っていた、私達は。

いつも通りに木の繁みで遊んだり、木の芽や草を食べたでしょう。

あなたの生命を、銃の標的で覗いてみたことを。

あなたは知っていましたか、私達を。

一発の銃丸は、あなたの背中を打ち抜いた。

あなたは、倒れる。



まだ、温かいあなたのぬくもりを手のうちに納める。

触れてはいけないものに、触れてしまった哀しみ。

あなたが野生である限り、私達人間は触れてみることのできない、

神聖不可侵なものだった。

この途方のなさを、

目の縁から溢れて止まらないものに、手を覆いながら、

深緑のふさふさとした苔だけが、冬の森に色を残した。

あなたが見たこの最後の森の風景を、

何故か自分の目の中に残しておきたいと思った。

あなたにとって、どんな午後だったのだろう。

あまりにも悲しくて、美しい空だった。

森の死


あなたは、もう動かなかった。森の木の枝達と同じ色をした毛皮はまだ温かく、滑らかで、きれいだった。目を開けて、枯葉の上に横たわっている。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。何度言っても、涙は止まらなかった。何回言っても、もうあなたは動かなかった。私が泣いている間に、フォレストは上着を脱いでナイフを取り出した。泣いている間に、ハニーも丘から下りてきて「大物だなぁ。右に4本、左に5本、こんな大きいのは見たことないぞ」と言って、誇らしげにフォレストと手をポン、と叩いた。

私は、目を閉じてあなたに手を合わせる。

まず、腹にそって皮を切り開き、首の皮まで完全に剥いでしまう。正気かフォレスト?お前にそんなことができるのか。胴体を腰の上部から切断し内臓を出す。湯気の出そうな内臓に手を突っ込むと、きれいなサラサラの血液がこぼれ出し、心臓・胃・腸・肝臓を取り出した。強烈、というよりも、独特の鹿の臭いが漂う。肝臓(レバー)と心臓は、木の枝にひっかけ、他の部分は捨てた。次にハニーは組み立て式のノコギリを取り出して、次いで四肢を切断し、頭を首のつけねから離す。膝から下を捨てる。2人で頭を支え、ハニーがノコギリで頭の皮にノコを入れる。角を取るのだ。こうして10分も経たないうちに、あなたは肉の塊になってしまった。

解体が始まると、すでに2、3羽のマグパイ達が、残りの肉を狙って木の上に待機していた。残酷だと思いながらも、肉の塊になっていくあなたを時々指の隙間から見ながら、私達の身体にもあなたと同じように、赤い血が流れ、皮と肉と内臓と骨があることを想像した。今朝、軽快に落葉を踏んで歩いた森の地面に、あなたの赤い血が点々とついている。白い布のゲームバックに四肢と首とを分けて、2人はあなたを背負った。フォレストが担いだ四肢と黒光りしたアントラーは、背中の上でトロフィーとなった。

水のない川を歩く帰り道。鹿を見つけたら、私達は撃つ。「私達の前にいても横にいても、発砲の妨げになってしまう。決して前を歩かないように」、と言われる。悲しみはやまないまま、海に出た。どんな顔をしていいのか分からない。悶々とした気持ちを背負って、ただ歩いた。森と海は、大きな湿地帯を挟んでつながっている。

昨夜、キャビンに尋ねてきたハンティング・ガイド、スティーブ率いる2人の息子ショーンとスティーブ、息子の友人のリックと熊のトレイルで出会う。とても礼儀正しい、10代後半から20代前半の青年達だった。父と息子の名前が同じだなんて、全く紛らわしい。彼らは1週間前から、私達と500mほど離れたキャビンに滞在しているらしい。
3日前、私達の滞在するキャビンが熊に襲われ、窓ガラスが剥がされた。熊を撃ったのは父スティーブだろう。この島のブラウン・ベアは保護されており、人命に関わらぬ限り、撃ってはいけないことになっている。熊を撃つと、役所に出向き、撃った状況説明などの届出が必要で、かなり面倒だ。見たくもないし、殺したくもない、のがハンターの本音。彼は、熊を殺したことについては触れなかった。面倒な手続きをしたくないから、海へ捨てて肉獣アザラシの餌にでもなったか。

丘を越え、昨日私達の荷物を降ろした海岸に出た。冷たい風にあたりながら、鹿の臭いのするフォレストに尋ねた。

「何故狩りをするの?」

「いいかい、見る(LOOK)ことと見える(SEE)ことは違う。家の中で誰かが10回同じ事を言っても分からないことが、山の中では1回で分かる。分からなくてはいけない。山での猟は生きることと死ぬこと、両方を教えてくれるんだ。山の中で生き抜くことができれば、都会での生活、色んな人間関係、どんな悩みも難しいものではなくなるんだよ。そして男として自信が持てる。鹿の肉を捕りにくることだけが、狩りではない。」

この晩、あなたの心臓を野菜と炒めて食べた。つい5時間前まで、あの豊かな森を駆け回った一つの心臓は、私達の皿の上で肉となった。1切れ、2切れ、5切れ、口に運んでみた。筋肉質でコリコリ、とまではいかないが、身がしまっている。まずいものでも、手をつけられないほど苦手なものでもなかったが、内臓を取り出した時の生臭さに、私は胸がいっぱいになっていた。キャンプから戻り、皆と囲むテーブルの上では、この独特の風味を楽しめるに違いない。たった一つの灯の下、右を向いても左を向いても、鹿の臭いのする男達だ。逃げ場はなかった。

(続く)

コメント

・・・・・
コメントに困るほど心中は色々。
すごく貴重な体験。みんなにも一度体験して欲しい。私も体験したい。肉を食べるならこの体験をした上で食べるべきですね。

大変な経験をしてきたんですね。
ほんと人間って生かされてますよね…。
今日の命を分けてくれた鹿に感謝ですね☆

そして僕たちも日々感謝っすわぁm(__)m

手足の生えたベーコン

>yoyoさん、金ちゃん
まさにその通り・・・。死と向き合うこと、生を見つめること。覚悟はいるけれど、この貴重な経験は、私が生き続ける限り語っていくことができます。「ベーコンって、ベーコンの袋に手足が生えてる動物かもね?」なんて笑い話にもならないような質問が、今の子供達から聞こえてきそうではありませんか?ファーストフードに並ぶ、ハンバーガーでさえ、他者の命に依存せずには、頂けないものですよね。終戦後、肉が食卓にのぼることが、こんなに当然のことになってきているのに、消費者には見えないのですよね。yoyoさんのBLOGを拝見していますと、大事なことが何なのか、つながるような気がします。共感できるあなたに感謝☆

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