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地球と遊ぼう、ハイジの丘協会 2006年03月

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アボカド大収穫祭!=南カリフォルニア紀行、Dr.マイクのオーガニック農園を訪ねて= / Harvest avocados @ Dr. Mike's grove in Fallbrook 

なだらかな丘の稜線を埋めるアボカドたち。
庭を縁取るオレンジやレモン、サボテンの中に、
ひたすら続く、アボカド農園。
アボカド農園の千錠を外すマイク

△農園の施錠を外すマイク博士。 ▽屋敷から農園を眺望。
丘一面に広がるアボカド農園

ロサンゼルスからフリーウェイSouth5を南に下って130マイル。全米、そして世界のアボガド生産の中心地であるフォールブック(Fallbrook)に到着。ここでのアボカドの生産高は全米総生産量の半分以上を占める。

うわぁ~嬉しい(>▽<)
ついに念・願・の・アボカドの木に巡り会えたのだ!
土の上にごろん。
あ、あそこにもコロン。
ほら、こっちにもゴロン。
My first Hass on the ground

△落葉の中に転がるアボカドちゃん。いや、アボカド様

農園主Mike Dormierは世界の海を制覇する海洋学者Fallbrook, CA map
△(左)農園主のマイク博士。畑を背景に、高台にある自宅の庭にて。
(右)地図をクリックすると大きな画像がご覧になれます。


6エーカーの農園に約500本のアボカドの木。
海洋生物学者マイケル・ドマイヤー氏(Michael L. Domeier, Ph.D.,)がサンディエゴのマンションから、フォールブルックに移り住んだのは10年ほど前だ。NPO団体PIER(The Pfleger Institute of Environmental Research)の代表であり、カリフォルニアの持続可能な漁業と海洋科学の諸問題の環境調査などを手がけている。太平洋に面したオーシャンサイド(Oceanside)の職場までは片道の通勤時間が30分、サンディエゴまでは1時間の距離だ。南カリフォルニアというと、砂漠と人ごみ、を連想する方も多いかもしれないが、太陽の恵みの元にすくすくと育つ農作物と肥沃な土壌。マイク氏の丘の上のプール付きの大きな屋敷には、200羽もの色とりどりのセキセイインコやオウムなどがのんびりと日光浴を楽しんでいる。
彼は大学卒業後、アラスカに住み、ラインハート家のハニーの製材会社を手伝ったり、漁もした。彼の叔父にあたるハニーは「マイクはいつも自然の中にいるのが大好きだったね。」と言っていた。彼がフロリダで博士号をとってからは、世界の海で珊瑚や動物達と遊び、7つの海を股に駆ける男になった。農園を案内して下さったこの日も、ハワイの海へ出張の朝だった。彼の最近の仕事現場はホホジロザメの研究など。


「地面に落ちているものから拾ったらいい。幹が茂った背の低い木は実のつきがいい。」と言われ、茶色く乾燥した落葉の上をしゃりしゃりと歩いていく。アボカドの木の背丈は約2~3m。たくさんの枝が、重たい一粒一粒の実で垂れ下がっている。木の肌に触れ、葉っぱに触れてみる。
命の果実。
「今まであなたの葉っぱさえ知らずに食べて来たけれど、家族や私の周りの大切な人達の健康をありがとう。大好きだよ!」なんてお礼を言ってみる。

うん、どうやらアボカドさんにも通じたみたいだね。
これを読んでいるアボカドが大大大好きのあなたの分も、ただ普通に好きなあなたの分も、しっかりお礼してきました(笑) 地面に寝転んだ実を夢中で拾い、大きなポリ袋2つ、50個ほどに。(子供達への土産用に目鼻口のシールを作り遊んでみたらいい感じ^-^)


アボカドの収穫時期は2月から6月まで。
私が訪れた1月29日は、丁度収穫シーズンが始まった頃だった。まだ小粒だが、地面に落ちたものから刈り入れていかなければならない。なりだすと、人を雇ってもまだ手が足りないほどだ。アボカドは、元々熱帯コロンビア・エクアドル・メキシコ南部に野生していたものをアステカ族が栽培し、16世紀になってからアメリカへ伝わった。天候にもよるが、水遣りは毎週週1回くらい。約500本の木にスプリンクラーで数十分ほど。この水道代が、メキシコやチリ産の安いアボカドには太刀打ちできないのだ。「採算が合わないから、この辺りのアボカド畑は、10年後にはほとんど住宅地に代わってしまうよ。」とマイク博士。このアボカドの木たちは、ものすごい生命力を持っていて、何度かこの畑を潰そうと、切り株にしてしまったことがあるが、30cmの切り株からまた見事に再生したのである。

また、この記事を読んだマイク博士からこんなコメントも。(3月31日追記)
「(3月末現在)まだ地面に落ちたもの以外は、収穫はしてないよ。もう少し実が大きくなって値段がよくなるのを待ってるんだ。大量のアボカドが、メキシコやチリからアメリカに輸入されだしてから、もはやアメリカで安い値段で果物を作るのは難しくてね。この畑のアボカドを出荷しても経費の水道代さえも元がとれないくらいなんだ。アメリカ国内でのアボカドの生産量が急速に低迷しはじめたから、アメリカのアボカド農業の行く末は、海外輸入品に頼るしかなくなるだろうね。」

たわわに実るハス実が落ちて自然発芽したアボカドの苗木

△(左)重い実で枝が垂れているハスの木。土の上に落ちたものから拾う。
(右)実が落ちて自然発芽したアボカドの苗木。

アボカド(avocado:学名 Persea americana)は中南米を原産とするクスノキ科ワニナシ属の樹木、またはその果実である。低温に弱く、主に熱帯、亜熱帯で生育する。樹高数mから25m程度の大きさで、濃い緑色の果実をつける。中南米ではアワカテまたはワカモレまたはグアカモレと呼ばれる。ちなみに、「アボガド」(abogado)はスペイン語、フランス語では弁護士を意味する。

Hass Avocados with Leavesお昼の噴水時間

△(左)熟す前の青い実。
(右)午後1時半の噴水時間。山中の畑でスプリンクラーが稼動中。


きれいな薄緑色の果肉は、空気に触れると茶色に変色するので、レモンなどの酸やオリーブオイルをかけてラップすると変色を防ぐことができる。酢醤油で食べたり、自家製味噌をのせるのもグー。この日はフェタ・チーズと庭からちぎってきたレモンを添えて、とれたてを頂いた。勿論、うまいに決まっている。でも感謝が違うんだな、これがっ~^0^

ちなみに、アボカドを使ったカリフォルニア・レシピの代表選手”カリフォルニアロール”を発明したのは、サンフランシスコから東の湾にあるYusan Sushiの大将、ユウゾウさんです。以前、この店でバイトをした経験があるので、味は太鼓判。イーストベイでは最も美味しい鮨屋。
Yusan Sushi
11866 San Pablo Ave, El Cerrito, CA 94530-1752 TEL:(510) 233-0606

アボカドの木種には毒があるので食べられないが、比較的簡単に種を発芽させて観葉植物として楽しむことができる。取り出した種を洗剤でよく洗い、半分ほど水につけておく。水を時々取り替えると1週間で根が出るので鉢土に植えるとよいそうだ。


「森のバター」と呼ばれ、ギネスブックにも登録された栄養価No.1のフルーツ。もう耳にタコができるほど聞いたが、私とアボカドとの愛情関係も、母親の惜しみない愛情によって育まれてきたものだ。例えば、脂っこってりのスープや焼肉などを食べた後には、アボカド。昔の人が「おはぎを食べた後に漬物を食べると胸が下がる」と言うけれど、同じようなもの。脂もたれた胃腸の救世主。
甘くもなく酸っぱくもなく、少し塩気を感じる果肉はきめが細かく、口あたりはなめらか。栄養価は非常に高く、不飽和脂肪酸のオレイン酸やリノール酸、リノレン酸をはじめ、各種ビタミン、ミネラルを含んでいます。私の食生活にも、植物性脂肪(主に不飽和脂肪酸)を取り入れ、酸化を防ぐアボカドのビタミンEが欠かせない。アボカド1個半で成人男子のビタミンEの適正摂取量である10mgを摂取できる、というから、このオイルは欠かせないのだ。

13世紀末のインカ王の墓からも、多くの歴史的発見とともに、アボカドの種が発見されたとか。スペイン人のインカ、アステカ征服により、アボカドは世界へ広まった。こうした栄養価を、インカの人々は知っていたかどうか。きっと自然の中で、自分の身体の声に耳を傾け、人間本来の本能のままに生活していれば、自分達が何を食べるべきか、おのずと身体が答えを導いてくれたに違いない。


毎年4月には、ここフォールブルックでアボガド祭り(Fallbrook Avocado Festival)が開催される。Oh, Guacamole! このお祭りでは、アボカドの販売だけではなく、グリーンのゴールドと呼ばれるアボカドの様々な料理の試食や、収穫などの体験ができる。今年は4月23日(土)に行われるが、なんとチケットは1ヶ月前に完売。サイトをチェックすると"来年の予約は承ります"とのことだった。

フォールブルックで売りにでている無農薬農園があったので概要をチェック。
Avocado Grove

"This is a working ORGANIC Avocado and Sweet Lemon ranch. The avocado grove is certified organic. Property is served by a 3-inch water meter plus a well that pumps 100 gallons per minute. Electrical service is also on-site and a perc test has been completed. There is a road improvement covenant that needs completed before a building permit can be issued; documents available for review. Seller may carry back with a 50% down."
だって。う~ん、アボカドに囲まれた生活。いいなぁ!

大分県で例えるならば、杵築のみかん山の中に、リムジンを待機させた大豪邸が立ち並んでいる、そんな所だ。今朝マイクの家でご馳走になった、もぎたてオレンジは、今まで食べたオレンジの中で最もおいしかった。"新鮮"とは、こんなものか。アーモンド一つに、チーズ一切れに、そしてオレンジ一つに感動する。カリフォルニアの命の粒は輝き、マイク氏の屋敷の庭先にも、数種類のオレンジとレモンが太陽を浴びて、私達の心と身体を潤すために眩しく光っている。

ほんとうに、な~んて、気持ちのよい所なんだろう。
丘から丘へ、白いシャツを着てほんのり汗ばむほどにジョギングをしていると、聞こえてくるんだよね。

"pick me, pick me!" 

なに、なに?

私を拾ってチョン♪


庭の縁取りはオレンジの木々

だって!

welcome to fallbrookParrot  Congan Blueアロエの花

△(右)デイジー 
(中)ソロモン島の原種"Eclectus"というオウム
(左)アロエの赤い花

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スピットに行こう 

自転車に乗りたくなったのは
明らかに、海にうつる太陽の煌きが
冬のものとは 違うから

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手と手がつなぐもの =Healing Massage= 

雪解け水が耳に心地よい
早春の陽射し。
歩いていこう、
グレーシャー・ビューのヒルダの家まで。

歩きたくなったのは、
どこまでも透き通った 
この山と海が織り成す景色の中で
透明な空気を
身体いっぱいに感じたいから。

樺の木

△Birch Tree on East road

木は地球の肺なんだって。
深呼吸すると 気持ちがいいね。
鼻から大きく吸って
口からゆっくり吐いていく。

歩いていくつもりが、
途中で小走りになって、
重たいジャケットをリュックにしまった。
ぽかぽかしてきて
フリースもしまった。
帽子も脱いだ。
手袋もいーらない。
舗装されてない泥と氷の道を
なるべくブーツが沈まないように 全身でバランスをとる
おっとっと。

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父は空 母は大地 

父は空 母は大地

はるかな空は涙をぬぐいあしたは雲が大地をおおうだろう
けれどわたしの言葉は星のように変わらない

ワシントンの大首長が土地を買いたいといってきた
どうしたら空が買えるというのだろう?そして大地を
わたしには わからない
風の匂いや水のきらめきを
あなたはいったいどうやって買おうというのだろう?

すべてこの地上にあるものはわたしたちにとって神聖なもの
松の葉のいっぽんいっぽん 岸辺の砂のひとつぶひとつぶ
深い森を満たす霧や草原になびく草の葉 
葉かげで羽音をたてる虫の一匹一匹にいたるまで
すべてはわたしたちの遠い記憶のなかで神聖に輝くもの
私の体に血がめぐるように木々のなかを樹液が流れている
わたしはこの大地の一部で 大地はわたし自身なのだ

香りたつ花は わたしたちの姉妹
熊や鹿や大鷲は わたしたちの兄弟
岩山のけわしさも 草原のみずみずしさも 小馬の体のぬくもりも
すべておなじひとつの家族のもの

川を流れるまぶしい水は ただの水ではない
それは祖父のそのまた祖父たちの血
小川のせせらぎは 祖母のそのまた祖母たちの声
湖の水面にゆれるほのかな影は わたしたちの遠い思い出を語る
川はわたしたちの兄弟
渇きをいやしカヌーを運び
子どもたちに惜しげもなく食べ物をあたえる
だから白い人よ どうかあなたの兄弟にするように
川にやさしくしてほしい

空気はすばらしいもの

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冬も王者 ウィンター・キング・サーモン・フィッシング 

ウミカゼ

私の顔と手を殴って、太陽と波の間を吹き抜ける。

サンスクリーンなんて役立たず。

私の頬を打ちのめし、
釣り糸を巻き上げる素手から体温を奪って逃げていく。

砂漠の砂の上を舐める風も、
氷の海に船を押し上げる風も、
風に打たれてぐったりと疲労感を感じるまでは、
その威力を甘くみていた。
船を下りて、1時間すら立たないうちにものすごい睡魔に襲われた。
都会のジムでは計算しつくされない、未知の自然係数が、
ここで暮らす人々の身体を造っている。


3月15日、快晴。
今年最初のウィンター・キング・サーモンを釣りに出た。
男達は、オレンジ色の漁師の合羽にXTRA-TUFFの長靴を履いて
25フィート、50フィート、65フィート。
釣り糸を垂れる深さに目を見張った。
4本の釣り糸に、2キロほどの錘をつけて、
深い深いエメラルド色の海に沈める。

午後1時半。1匹目、体長70cmほどの鮭を私が引き上げてからは、なかなかかからなかった。
太陽が西が沈む6時半まで、ソルドビアの沖で粘るでっかいアラスカ人3人と、ちっちゃい日本人1名。
結局最初の鮭の他に、ロック・フィッシュ、50cmほどの小さなハリバットが1匹ずつかかって港に帰った。

ハーバーの外側は、アイス・バーグと呼ばれる小さな流氷に覆われていて、初めてその氷の上を進むボートに、自然が作り出す造詣に、私ははしゃいだ。息はとっくに白くなった。太陽は、ヨットハーバーの麓に沈んで、オレンジ色の面影だけを空に残した。
Ice Berg on the spit

△スピットの先にて。小型ボートは、このアイス・バーグの中を進むのに一苦労。



真冬の釣りを、

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Discovery  カルフォルニアの大地 

この6週間、お陰様で、身体も心も絶好調だ。超・健康、という言葉があれば使いたいくらい。
カリフォルニアでは素晴らしい経験と出会いの"Discover Trip"ができた。

・食と農;食育の現場取材、カルフォルニアの農業の視察、アボカドの収穫、食と農をつなぐプログラムに参加、SLOW FOODのキーパーソンに会う、Toddさんとの料理教室

・毎日ヨガの練習をする
・できるだけ、大自然の中に身を置く
・6年前にお世話になった方々へのお礼をする
・出会う!


L.A.からサンフランシスコ行きの電車の中でメモ帳に書き取ったことのほとんどが実現した。3月はニュートリション月間で、バークレーでは農家と消費者をつなぐたくさんの料理教室や試食会などの催し物も開かれる。(本当に参加できなかったのは残念。)
何もコネクションのない所からのスタートだったが、この1ヶ月間、一人ひとりと深くコミュニケーションをとっていくことによって、色んな情報と体験を得ることができた。


●BLOGにコメントを残して下さったチャリさんのお誘いで、ネイティブ・アメリカン(インディアン)と走るキャンプに参加。カリフォルニアの大地を、身体で感じ、命の生まれるたくさんの農場や牧場を、パーマカルチャーという視点から見れたこと。このRUNで、人生変わったかも!

●mixiというコミュニティサイトを通して、お目にかかれたグラフィックデザイナーのYorikoさん。キーワードは、彼女が06年9月に訪れたアラスカでした。
サンフランシスコの町を子育ての視点で見れたこと。フランス人のご主人様の子育て協力体制、はなかなか九州では見れないかも!彼女の食を含めた、彼女の住まい方のセンスがとても美しい。
1歳になる娘の食事は「分け与え」という実践をされていること。おむすびも海苔も大好き、食べることが大好きなお嬢さん。彼女のおむすびには私も感動。寛大な心と、細やかな心遣い。海外在住歴が長くなっても、本物の味をこどもに伝えられる、こんな母親像がとても勉強になった。

●アムトラック(列車)の中で出会ったご夫妻は、日本向けにネット関連の会社を経営。"時は金なり"の都会速度で働く忙しい中、2度も時間をさいて、サンフランシスコやナパを案内して下った。人生のビジョンの話をして下さった。

●バークレーのエコセンターでは近郊型パーマカルチャーのセミナーに参加。

●ファーマーズ・マーケットは、バークレーのほか、サンフランシスコまで出かけ、SLOW FOOD MARINのアリーと懇談。

●ヨガもかなりのスピードで上達。L.A.のインストラクター養成学校へ行くことを進められる。特に身体のコアの筋肉を意識的に使うことが出来だしたので、この1ヶ月でかなり身体も締まった。

●バークレーのEdible School Yard、全米の食育モデル校では、ガーデンツアーの翌日、そのキッチンにも入れていただいた。食育を支えるスタッフ、畑の指導をするスタッフ。子供達が自分の庭になったカボチャを自分の子供のように料理し、テーブルを飾り、食を楽しむ、これができている。

●そして家庭料理の師匠、Toddさん。
たくさんの家庭料理を、また魅せてくれた。6年間、待った甲斐があった。会いに来た価値がある。料理って、素晴らしい!


とても1日では書ききれないので、続きはまた後日。

青い草の絨毯から、雪のアラスカ村へ 

理由はなくても、そこにいることに価値のあるところ。

アラスカって、そんなところなんだろうな。


昨日は気温5℃もあったらしいわよ。アンカレッジは吹雪らしいけどね。」
「悪くないじゃない!」
サンフランシスコからフェニックス(アリゾナ州)に着き、アラスカ行きの飛行機を待っていた。待合室ではもうアラスカ村のアラスカ話が始まっていた。大都会をくぐりぬけて、やっと深呼吸ができた。

1月27日、アラスカ村からL.A.に着いた。人も、高級車も多いのに、町では友達ができない。親しげな人には要注意だった。ベイエリアでも、夜10時を過ぎてバート・ステーションから家に自転車をこいで帰るのは危ないから、とは言われていたので、実際 人とすれ違うだけで、ペダルの回転数も心拍数も飛び上がった。ハイキングで、"Hi"と挨拶をしても、半分くらいしか返事の返ってこないところ。と書くと、寂しいけれど、ホーマーを知らなかったらこんな感じ方もしないはず。


3月7日朝。アンカレッジのホテルで目覚めると、「冗談はやめてよ、雪ですか!?」と心の底から思った。もっとベイエリアにいたかった、のは山々。

フェニックス空港で出会った台湾系アラスカ人のJuliが家まで送ってくれることになった。同じEast Roadに住む、ご近所さんだった。アンカレッジからホーマーまで片道225ドルの航空券代は、226マイルのガソリン代と旅の5時間のお喋りに変わった。

春分の日には昼夜の長さが12時間になる。その日に向かって日照時間が1日6分ずつ長くなっている。夕方7時、ホーマーはまだ薄っすらと明るかった。吹雪の中、ラインハート家の灯が眩しかった。午後9時半、大きなトラックから荷を下ろし、リンダママの温かいチリビーンズを頂いてベットにもぐりこんだ。

波の音がきこえます。

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