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地球と遊ぼう、ハイジの丘協会 2006年01月

Sunshine State, California 

Hello, everyone!
Thank you for visiting Heidi Hill and leave messages.
I am in the sunshine state, Santa Monica in California today.

Forest and his friend Jody have just taking off on the bike trip from Santa Monica to Jacksomville, Florida. Cycling 200km a day for a month.

I will stay in Los Angeles for a week and stay in San Francisco till March 6th. I am looking forward to taking the cooking lessons, harvesting prunes, fresh avocados and many kinds of nuts.

Next update will be on Feb 10th.
Have a beautiful day!

Heidi in Santa Monica

福笑パーティー  =マクロビ料理講座= 

福笑パーティー 石狩鍋とおむすび、鮭のチップス、かき揚げ、ひじきポテトサラダ

△ベッキーの誕生日×福笑パーティー

1月22日、スノーホワイト。昨夜からの吹雪で、町は数メートル先が見えないほどの白かった。体感気温氷点下35度。キャンセルがでたものの、この吹雪の中、総勢15名が、長女ベッキーの誕生日祝いを兼ねた料理会に集まって下さった。

今日の料理講師は、ホーマーにWOOFERに来ている田畠志穂子さん、お客様は、Smoky Bay Natural Foodsの経営者アレクサンドラ・スター夫人。

役者、漫才師、料理人?志穂ちゃんの世界一美味しいかき揚げ

△田畠志穂子さん・・・元保育士、自然食品のムソーを経て、2005年3月よりカナダでWWOOFERをはじめる。冬のホーマーでは、農作業ができないため、主にチャイルドケアをしている。今年3月に帰国予定。志穂さんはとっても寛容なマクロビアン。夢は、食育と養生をかけ合わせた、「食養育」をしていくこと。そしてすてきな旦那様をみつけること♪


カリカリ、パリパリ 野菜のかき揚げ

△野菜のかき揚げ
今朝、地下室の貯蔵庫から出てきた人参、ジャガイモ、玉葱。
野菜はあらかじめ切って出汁に漬ける。コツは、揚げる直前に最小限の小麦粉をまぶすこと。小麦粉にまぶした野菜をお玉にいれて陰陽を整えると、きれいな形に。
黒光りのキャストアイアンは、リンダママの嫁入り道具の一つ。Ever Green Cafeのまみさんも御用達。用途が広いので、私も是非揃えたいお鍋!


おむすび大会 ギュッギュッギュ

△おむすび大会・・・アメリカのランチがサンドイッチなら、やっぱり日本の万能食おむすびもにぎってもらおう!中身は、目の前のビーチで取れた自然の風味たっぷりの若芽、豪華スモークサーモン、梅干、ハイジの手作り味噌など。小さい志穂さん(中央)と、慣れない手つきのアレクサンドラ(左)、ベッキー(右)
パーティーの翌日は、もちろん焼きおむすび。皆にも焼きおむすびレシピを持って帰って頂いたが、更に好評だった。

メニューは、手作り味噌とキングサーモンをかけあわせたケチャマック鍋(レシピは石狩鍋です)、皆でにぎったスモークサーモンや地元若芽のおむすび、ひじきのポテトサラダ、自家野菜のかき揚げ、マグロのたたきと海藻サラダ、ハリバットの串焼き、ポークとマッシュルームのソテーなど。小皿がないので、なかなか日本にいる時のような盛付ができませんが。

食事の後は、チョコレート・ケーキの登場にあわせた音楽会。子供達の人形劇(3部構成)、そして志穂子さんが作った手作り『福笑』ゲームで湧いた。
エマの福笑・・・いつも食後は水着姿のエマ(笑)

Fukuwarai is a traditional Japanese game similar to "pin the tail on the donkey". The Player wears a blindfold and then place paper cutouts in the shape of the eyes, nose, and mouth on face. It is played during the New Year's holidays.

志穂子さんの炊いた”塩ぜんざい”にお餅を浮かべ、星野の緑茶を頂いた。フ~、お腹いっぱい(*^。^*)
締めくくりは、ベッキーの厄払いを兼ねて、一足早い『節分』の豆まきを。
February third is the "Bean-throwing Ceremony" (Setsubun no hi), when we throw dried beans to drive demons away and invite fortune to come in!

彼女は11月にロッククライミングの教習中に落下し、足首を複雑骨折、そして先週は煙突の火事が・・・。鬼と一緒に、4人ほどが氷点下10度の雪の中、家の周りを裸足で1周。なんだかサッパリしてとても気持ちよかった、楽しかった。
なんとベッキーはあまりの寒さに、走れるようになっていた?!(笑)

日本の思い出「あるばむ志穂子」と贈り物たち

△志穂子さんの手作り「あるばむ」。大阪での暮らしや食べ物、家族、お箸の使い方などがたくさんの写真で飾られている。コメントは全て英語。カナダに行った当初、全く英語が喋れなかった彼女の出会いを、このあるばむが支えてくれたそうだ。表紙は、志穂子さんの舞妓姿(※注:掻揚げを作る志穂子さんと同一人物です(笑))
今日の思い出に作った折鶴のサンキュー・カード(写真右下)。裏に墨で"福笑"と絵つき。

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子供時代の素敵な思い出を作り直す 

1月18日、マヤの保育園のボランティアに行く。
ジェニファーのピックアップに寝坊して、リンダママに送ってもらう。

8名の園児のうち、中国から養女にきた女児が1人いる。もちろんアメリカ国籍ではあるが、彼女の祖国にちなんで、1月は、中国の旧正月にテーマをあてて、中国の古い遊びやアートを楽しむ月間だ。
ハサミと糊を使う練習を兼ねてゲームを作る。ポットとクッキー型に絵を切り抜いて、色塗りする。数字のカードを引いて、その数だけクッキーをポットの上に並べていく、というゲーム。

Chinese New Year

△中国からわざわざ取り寄せた、戌年のポスター

教室内は中国の装飾品や竜、ランタンなどが至る所に展示されており、よい雰囲気が出ている。ホーマー特有のことかどうかは分からないが、仲間の出身国が違う場合、ここの人々は、非常に寛大な心で相手の文化を受け入れ、積極的に知ろうとする。「私は日本語が喋れなくてごめんなさい。」という気持ちで接されると、頭が下がる。


▼アメリカで養子をとるのは珍しいことではない。
主にアジア、特に中国やインドの”女児”(のみ)が多い。実際、この町でも22名近くが養女に来ている。養子をとる理由は

 1.子供が欲しかったが、できなかった場合。
 2.そして世界中には、親のない、恵まれない子供達に溢れている。
3.実の子供もたくさんいるけれど、もっと子供の面倒をみたい。

日本では、昔の農家でもない限り、養子・養女は、最近聞かれない。こちらでは、両親も国際結婚、2人姉妹を中国から、なんてケースの家族にも何組か出会い、その姿に正直ショックだった。医師夫婦の友人は、2人を自分で出産、3人目はインドから養女をもらった。

このホスピタリティ精神は、一体どこからくるのだろうか。私が思うに、昨今日本でも仕事第一優先社会から、生きがい・やりがい探し、癒し産業が発達してきた。アメリカはその展開系だと思う。
養子・養女に限らず、基本的にボランティア活動と寄付活動は、生活の中に根付いている。実際、アラスカ州の消防署で防火・消火活動に携わる人間の95%がボランティアで成り立っている。ホーマー市の中央消防局は55名中、給料をもらって働いているのは僅か3名。夜中の3時に呼び出されて、男児2人をおいて、救急車の緊急医を勤めるサマンサだって、お金は一切もらっていない。そしてこのボランティの社会評価システムがまたすごいのだ。


▼この保育園でのボランティアや、ベビーシッターをして、確実に私の中で変わってきたものがある。特に、たくさん絵本の読み聞かせをする。それは自分自身への癒しだったことに気付いた。自分で楽しかった子供時代を作り上げることで、幼少期の思い出をつくり替えることだ。

絵本を2冊読んで、登場人物などを2つのトレーに分けるゲーム


リンダママはこう語る。
「人生には2回、豊かな家庭をつくるチャンスがある。
 1度目は自分の幼少期。選ぶことができない。
 そして2度目は、自分が家庭を持ったとき。
 幼い頃、愛情に恵まれなかった子供は、人を素直に信じ、
 分け合い、労わる気持ちにも恵まれないことがある。
 安全で楽しい幼少期を過ごせなかったからといって、
 人に愛が与えられない人間になるとは限らない。
 私達には、やり直せる機会があるのよ。」


▼私が

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2005年味噌物語 =作る楽しみ、待つ楽しみ、食べる楽しみ、分ける楽しみ= 

 ごりごりごり

 すりこぎと合わせる大豆の和音

 すり鉢の渦の中に、みんなを巻き込んでしまえ~!


2005年 味噌物語


今年も味噌作りの季節がやってきました。この味噌を語るのは格別。
たくさんの思い出と、大好きな仲間達の笑い声のこもった、私のお味噌。2003年、食育の活動を始めた冬、私の尊敬する佐藤未星さんの紹介で出会った、大島京子さんから習ったものです。

 「是非、大島京子さんと一緒にお味噌を作って欲しいの。
  素晴らしいから!」

佐藤未星さんの言葉通り、このお味噌は、我が家の文化となり、自分を語れる冬の仕事となりました。


<作る楽しみ>材料はすべて大分県の海、そして土からとれた、命のトップランナーを使っています。分量は、1口=10キロに対し以下の通り。

 □無農薬大豆 (大分県宇佐市、深見農園)・・・2キロ
 ■無農薬の米麹(同上)・・・5キロ
 □自然海塩・なずなの塩(大分県佐伯市米水津間越)・・・1.05キロ


▽そして、これがなくては語れない、日本の道具達
それは、すり鉢・すりこぎ、そしてたらい。すり鉢がなくても、現代人は生きていけるのですよね、ミルサーで。しかし実際に手にとってみたとき、その大きな懐に、力をこめてすりこぎをグリグリと回してみたときに、煮たて熱々、ホクホクの大豆達が、柔らかなペーストになっていく過程に、私達は感動してしまいました!

 おーっ!

 うまっ!
>▽<

子供達のおやつにもサイコー。毎年数百キロの味噌作りをしてまわる大島家の愛ちゃん(小6)、たくちゃん(小1)はこの味噌ペーストで育ったに違いない、というくらい。

作り方もいたって簡単。

1.大豆は、虫食いや傷んだ豆を取り除き、洗って3倍くらいの水に一晩つけ、柔らかく煮る。親指と人差し指で楽に潰せるくらいまで煮ます。圧力鍋を利用すると短時間で出来ます。

2.柔らかくなった大豆は煮汁を残し、熱いうちにすり鉢で潰します。冷めると潰れにくくなります。潰し加減は好みですが、豆粒がなくなるくらいにを目安に。ミキサーや餅つきなど利用すれば簡単です。
すり鉢で潰すと、たまに大豆の形が残っていて、それもまた風情よし。(料理するときに何故か1品目得した気分になります。)

3.潰した大豆は,人肌まで冷まし、麹と塩を均一にしっかりと混ぜます。麹が水分を吸うので大豆の煮汁を加えて、硬さの調整をします。

4.容器(陶器がベスト。なければプラスチック容器)は、しっかり水洗いの後、酒等で消毒します。雑菌も失敗の原因。しっかり混ぜあわせた材料を、容器に空気が残らないように、たたきつける感じでしっかりと詰めます。表面をならし、軽く塩(ふた塩)を振ります。

<待つ楽しみ>
5.材料が隠れるくらいの落し蓋をして、仕込んだ味噌と同量の重石を乗せます。落し蓋は、家庭によってそれぞれ。和紙を敷いて、酒を5mmくらいのせておくと、自然に空気調節ができカビが生えません。

涼しく、温度変化の少ない蔵や床下収納などに置き、1ヶ月に1度位は様子を見て下さい。漏れや蓋のはずれがないかどうかをチェック。湿度や気温が高くなると、大豆の汁が漏れることがあります。
これで仕込みは完了です。
ワクワク100日、待ちましょう。

上手に仕込み管理した味噌の食べごろは、白味噌が約3ヶ月過ぎ、ミックス味噌が約6ヶ月、赤味噌は10ヶ月以上置くと美味しく頂けます。


<分ける楽しみ>・・・広がる味噌仲間
最初の年は、15人で120キロ。あまりにも酷評だった翌年は、一緒に作った仲間のご両親や親戚、ご近所のお母さん・お父さんまで広がって、360キロを漬けました。アパートの小さな台所、団地の居間、農家の庭先や加工所、公民館の台所。場所にこだわらなくても、子供から大先輩まで、皆が1つのことに、こんなに集中して楽しめます。

三重町の公民館で、私よりもはるかに先輩のお母様方と一緒に作ったときのこと。発酵について質問されても、「まだ味噌修行中なので、きちんととお答えすることができないのです。申し訳ありませんが、ご近所におじいちゃま、おばあちゃまがいらっしゃったら、聞いてみていただけませんか。そしてまた私にも教えて下さい。」という始末。
でも、これでいんだよね!(笑)きっと、この楽しさは知識で語れないもの。私が1年、1年、人との出会いを通して学んでいくもの。私がおばあちゃんになった時には、きっと今以上の”知恵”が身についているはず。そして、この味噌作りが、各家庭の文化となるまで、私の修行は続きます。

味噌作りは男仕事、とはよく言ったもので、おおきなたらいの中で、渾身の力をこめて、材料を混ぜ合わせてくれた”人間味噌混練機”佐藤洋次郎さんの姿は、とても力強くたくましいものでした。雪の降る日の湯布院で、皆を車に乗せてやってきて、凍結してお湯のでない風呂場の蛇口で、丁寧にたらいを洗ってくれた姿、忘れられません。

そして、大島京子さんの、味噌作りにかける情熱、思い。
寝る間を惜しんで、この味噌作りの会の昼食のために、手作りの豆乳・おから料理(サラダ、団子など)・納豆・豆腐などを準備してきて下さったのです。彼女の熱い姿勢に、心打たれました。

この味噌は、全国各地、富山にも飛び、お裾分けにあずかるほどの好評ぶり。仲間達と作った味噌樽を持って富山に転勤した弟は、知り合いのいない土地で、味噌とコシヒカリや野菜を交換です。

そして、味噌を通して、たくさんの人との出会いを得ました。小さい頃、私の祖母が漬けてくれた味噌を思い出し、祖母と電話をする度に、「味噌豆は縁起がいいから、三里離れてても戻って食べなさい」などと、色んな物語を聞くことができるようになりました。味噌を通して、会社の上司や、おじいちゃま、おばあちゃま、色んな世代の方との交流をもつことができるようになりました。


▼トップの写真は、いよいよ2005年も終わろうかとしていた時、母にリクエストして送ってもらった手前味噌です。(5キロの国際郵便の送料(EMS)は米国まで8400円、着いたときには箱ごと味噌まみれでした^^;)

作る楽しみ、待つ楽しみ、食べる楽しみ、そしてこの美味しい味噌を大切な人と分ける楽しみ。そして伝えて喜んでもらえるという楽しみ。私の思い出や体験まで添えて贈る事のできるお味噌は、日頃からお世話になっている恩師や上司にまで、自信を持ってプレゼントすることができました。わいわいワクワク味噌作り、されど私を日本人にさせてくれる英知のお味噌。

今年は、どんな音が聞こえるかな?

味噌作り、

△2004年冬、はじめての味噌作りにて。2005年4月に結婚した後藤夫妻。こんな美味しいお味噌を持ってお嫁に送り出せたら最高!



★こだわり』記事コンテストに参加中

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コンテストは、 こだわりを表現できるコミュニティ 『ものしり天狗』の協賛で開催中です。


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人生のどんな問題も解決する知恵 『鏡の法則』 

私のパソコンの師匠は、パソコンの師匠だけではありませんでした。
『きっと、よくなる!』本田健著(サンマーク出版)
わざわざ、飛行機で空を飛んで、宝物が届きました。
たくさんの愛が湧いてきました。

今日はそのお返しに、人生のどんな問題も解決する知恵 『鏡の法則』をご紹介します。偶然にも、富山の弟と同時にお知り合いになったYUKAさんからの贈り物です。
ヒントは、「あなたが幸せになること」
     「あなたがあなたの幸せに気づくこと」です。



▼(レポートのまえがき紹介)
皆さん、こんにちは。
幸せ成功力コーチの野口です。
「幸せ成功力を日増しに高めるEQコーチング」というブログを書き始めて、もうすぐ1年になります。おかげさまで、たくさんの読者さんに訪れていただけるブログに成長しました。

ブログでは、幸せな成功を実現するために役立つ情報を、今のところ253本の記事にして公開しています。そして、この253本の記事の中で、圧倒的に反響が高かった記事があります。この記事の反響には、私自身が驚きました。

その記事とは、息子さんがいじめられて悩む主婦A子さんと、不思議なコンサルタントB氏のお話です。実話に基づくお話です。

A子さんは、B氏のサポートを得て、最大の悩みを解決するばかりか、人生で未完了だった問題(宿題)に気づき、人間的に大きく成長されます。

この記事を公開したところ、ブログのコメント欄に書き込んでくださるだけでなく、私のメールアドレス宛てに、個人的にメールをくださった方がたくさんおられたのです。これは、他の記事では見られない現象でした。「久々に号泣しました」「長年許せなかった人を許す勇気を持てました」「心の底から感謝の気持ちに満たされました」など、いただいたメールのほとんどは、感動と感謝のメッセージで、私自身、胸が熱くなりました。

また、この記事をコピーして、私が講師を務める企業研修(EQ向上研修)の中で配りました。参加者の皆さんには、研修初日の夜に宿題として読んでいただき、翌日感想をお聞きしました。すると参加者の90%もの人が、この記事を読んで「泣いた」もしくは「涙がにじんだ」と答てくださったのです。

このA子さんのストーリーには、私たちの心の奥深くに訴えかけてくるものがあることを確信しました。私自身も、この話を読むたびに、A子さんの勇気に触れて涙がにじみます。そして、大きな勇気をもらいます。

そこで、今回レポート形式にまとめ、持ち歩いてもらえるようにしました。あなたが幸せな成功を実現するために、このレポートがお役に立てば嬉しいです。以上、野口嘉則

★リンク★人生のどんな問題も解決する知恵 『鏡の法則』

アラスカ大地震と”ヨーイ、どん!” 

Peace of the Earth

△この地球の平静・平和を祈る。

1月13日午前4時、オウグスティン火山が10分近く噴火。
しかし、朝焼けは、写真の通り。望遠鏡をのぞいてみたら、山から、こんな朝のメッセージが届いていました。
皆様には、大変ご心配をおかけしております。
たくさんの温かいお見舞いの言葉を頂き、ありがとうございます。

正午過ぎ、スピットに立ち寄りました。
空のハイウェイ

△スピットのハクトウワシ「空のハイウェイ」

曇り空で火山は見えませんでしたが、ハクトウワシやカモメが狂ったように空に消えていきました。火山のある西から押し寄せる荒波、その音だけがとても不気味でした。2時過ぎから雪混じりの火山灰が降りはじめました。今日のところは、まだ大丈夫、です。


▼いつもより人数の少ない老人ホームでの音楽教室では、灰にちなんだ曲を演奏。煙突の歌を歌い終わった頃、ミュージシャン・アニーや、おばあちゃま達がアラスカ大地震の体験を語り始めました。それは、当時7歳だったアニーが体験した20世紀最大級の地震、マグニチュード9.2。

1964年3月27日、アラスカ地震がアラスカ南部の中央部を襲いました。3月といえば、まだ雪の深いアンカレッジ。夜寝る前に、家族で歌番組を見ていた時のこと。大地を4分間に渡って攪拌した地震は、靴もコートも探す暇なく、一家をパジャマ姿に素足のまま、家の外へ放り出しました。外に出た途端、目の前の家と道路と一緒に、自分達があっという間に亀裂の中に沈んでしまいました。表面まで約12m。恐怖に震えて助けを求めていた所、どこからともなく現れた男性が、母と妹、そして自分の腰にロープを巻きつけ、引き上げてくれたそうです。

この地震でアンカレッジの中心部が完全倒壊。記録に残っているうち最も大きな地震の一つで、死者131人、そのほとんどは津波に飲み込まれた人達です。津波はヴァルディーズとchenegaの町を分断。上げ潮は鮭の遡上を寸断し、川のあちこちにできた新たな障壁のせいで魚は上流の産卵場所に帰ることができなくなりました。バルディーズとコルドバの港は修理した後だったが土石流に遭い、被害を免れた場所も火災で壊滅。バルディーズではドックに入っていたアラスカ蒸気船社の船が波に持ち上げられて海に出てしまいましたが、ほとんどの工員は生き残ったそうです。クック湾沖のターンアゲインアーム(Turnagain Arm)では木々がなぎ倒されバンガローが泥に埋まりました。コディアック島では、大波がアフォグナック村、オールドハーバー、カグヤックをなめ尽し、他の村々にも被害が出ました。またスワードでも港が壊滅、町の中央に慰霊碑が建てられています。


▼私も万が一に備えて、家での非難経路を明確にし、ロープや緊急時の水・食糧、消火器、懐中電灯など、非常時の備えを学びました。
もちろん、今回の噴火も大事に至らないことを祈っていますが。

ちなみに、ホーマー市の消防署は、団員の9割がボランティアで運営されているので、火事の通報をしてから30分から1時間後に到着、ということが日常だそうです。
隣のケリー家の煙突から火が出たときは、近所・親戚の協力と災害対策で、日頃からたくさんの消火器を備えていたため、消防車が来る前に、屋根に燃え広がった火を消し止めることができたとか。
いざとなっても、自分の身が自分で守れるように。
消火器を持って走り、火を消す競争では4年連続3位でした。
小さな火災があれば、ハイジを呼んで下さい。
いつでも"ヨ~イ、どん!"で駆け付けます(笑)

061113噴火の朝。Sunrise

明日も、明後日も、そのまた明日も、
この美しい山が、豊かな気持ちで見れますように。

アメリカ大陸で最も寒いところ、ウミアット 

1月11日、ボルケーノ噴火パーティー?
なんて冗談ですが、バトキン家でお茶会。
Smoked Salmon Dip and 蕎麦粉の3色パンsmoked salmon dip from Batokin recepe

△ラルフのスモークサーモン・ディップ。セロリと玉葱を刻んで塩・胡椒・フェタチーズで和えたもの。アラスカを去る時は、きっとこのディップが恋しくなる筈!蕎麦粉の3色パンは、丸めたパン生地に生ハム・ハルピーニョチーズ・マッシュポテトをそれぞれ詰めて焼きました。

さて、お茶会の目的は、フェアバンクス(Fairbanks)から訪ねてきたニックのおばあちゃまにアラスカ話を伺うこと。
スーパー・ワイルドです。迫力があります。

アラスカ在住歴48年。パイロットのご主人が99年に亡くなるまで、北極圏に最も近いバロー(Barrow)やカクトビック(Kaktovik)、内陸部ウミアット(Umiat)など、氷と荒野の世界で暮らしてきました。
エンディコット山脈の北に位置するウミアットへの唯一の交通手段は飛行機。夏の間、石油採掘者のキャンプを開いて過ごしました。アメリカ大陸で最も寒い冬、気温氷点下70度近くなるそうです。ニックもここで狩りを学んだそうです。
彼女は、自分で狩りもするし、バローではあの北極熊(ポーラーベア)も2度撃ったことがあるそうです。シロクマは、写真を見ると可愛い?なんて思いませんか。かなり凶暴です。しかし、味もなかなか、とのこと。娘のジャッキー(ニックの母)が時々、怒りたくなるほど、ワイルドなおばあちゃま、だそうです。毅然とした自信とエネルギーに満ち溢れていました。

かっこいい!

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オウグスティン火山、噴火中 

2006年1月11日午前5時50分。
オウグスティン火山が噴火開始しました。
レッドマークの警報が出ています。
augstine 060104

△2006年1月4日のオウグスティン火山の様子。


ホーマーには、まだ大きな変化は見られませんが、この噴火、実に1989年ぶり。

At 5:50 AM, January 11, 2006, AVO raised the color code at Augustine volcano to RED. For complete details, please see the Augustine activity page.
Augustine and Homer Map

△クックインレット湾周辺は、活火山に囲まれています。火山とは関係ありませんが、右のキナイ半島が、世界1000景色に選ばれており、Homerはアラスカの理想郷、だそうです。


今日は深い霧と曇り空。午後14時44分現在、海の向こうは全然見えません。アンカレッジ向きの風なので、ホーマーには灰がきていませんが、オウグスティン火山の写真はこちらで見ることができます。
http://www.avo.alaska.edu/volcanoes/volcimage.php?volcname=Augustine&search_year=2006

※関連リンクを「続き」のページに掲載しています。

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アラスカ永久基金/Alaska Permanent Fund Dividend 

曇りのち快晴。今日からスプリング・セメスターがはじまりました。
氷点下5度の中での薪割りに、なかなか梃子摺っています。足は冷たいのに、斧稼働率・普通の人の5倍くらいで上半身はポカポカ。直径1mものスプルースの木を、暖炉に入る大きさに割っていきます。なかなか狙うところに斧が当らず、薪が粉々になっていく・・・^^; 
薪割りの夕べ

△山脈の紺、雪の白、空の深い水色、そして夕焼けの桃色に浮かぶ月。玄関から庭を写した午後4時過ぎの風景。斧の的が外れても、地面はカチンコチンに凍っています。木のふもとにあるのが、明日の薪割り分。

こんな寒い晩は、身体を温める鹿リブとビーンズのスープ。全粒粉とハルピーニョチーズでパンも焼きました。既に筋肉痛だ、と家族に話していたら、「薪割りが上手になったら、タルキートナの鉄腕女性のレース(男性はビールを飲んで見守る、という??)、またはセッカのきこり競争に連れて行くよ」、と言われました。この冬の課題は専ら”斧づかい”です。きっとここで培われた体力と筋肉が、どこかで役に立つはず♪スポーツ・ジムで自転車こぎをしていた1年前を思い出します。なんて、実用的な筋力運動ヽ(^o^)丿


「2006年永久基金配当申請の手引き」配布。
正月早々、郵便局の私書箱に入っていた小冊子。アラスカ歳入庁作成の「2006年永久基金配当申請の手引き」が、我が家のテーブルの上に。この基金は今年で25周年を迎えます。表紙をめくると、まず第一に「日程」が載っています。主なものとして、3月31日:申請締切日、10月4日:銀行口座振込日、同19日:小切手郵送日とあります。申し込みは、郵便料金を抑えるために、オンラインでの申し込みを、との触れ込みも。配当金支払い月の10月には、市内の商店街がセールスで賑わうそうです。アラスカもアメリカの一部に他ならず、大量消費社会アメリカとは切ってもきれない様子です。ともあれ、アラスカの人々にとって永久基金は心強く、大切な存在です。


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What should I do, if I forget your coming!? 

明日からの学校開始に備えて朝方生活。
今日は、ゼンのオフィスでペンキ塗り。正月から、隣のケリー家では3歳のマヤの部屋を改築中。ショップでは、暖炉をつけても気温が5度くらいのため、塗料が乾きにくい。ということで、わざわざオフィスまで木材1式を全て運び込みました。

ペンキ塗りなんぞ、初めてでしたが、これこそ人生に役立つOJTだよね、と6時間楽しく集中してできあがり♪
「う・・・ん、今まで見た中で、最低ではないね」と、フォレストからの一言。(x_x)せっかくがんばったのに、もう塗り直すペンキがなくなっちゃったよ~!


▼夕方、フェンシングに行く前に、ジャッキーとビーチを散歩。

"My mother is visitting from Fairbanks.
She wants to see you, so you gotta come!
You guys gotta visit my house and have tea with us on Wednesday.
But what should I do, if I forget your coming!?"

おばあちゃまが来てるから、是非お茶のみにいらして、というジャッキー。何度も誘っておきながら、「でももしあなたが来るのを忘れてたら、私どうしよう~!?」というジャッキー。ニック、面白いよ、あなたのお母さん!LOL(笑)

北海道教育大学札幌校に留学中のニックから、久しぶりに近況報告がありました。正月は友人の家庭にホームステイし、おせち料理や初詣を楽しんだそうです。北海道の海の幸、山の幸を大満喫中。混雑した地下鉄や、とても高い衣料品、など"外国人から見たニッポン"が描かれています。
BLOGは英語ですが、口語なので、英会話を勉強されている方には読みやすいかもしれません。
URLはこちら→Nobodyhearsyou Check it out!

ちなみに、ニックの本名はニコラス・バトキンですが、なんと"馬斗金"と漢字で彫られた印鑑を持っていました。銀行の登録印もこれだそうです。いつも、自分の名前を書く時に"馬斗金ニック"と書いていました(笑)ちょっと不思議。

大自然占い。私は”大地” 

友人に進められた大自然占い
私を表す言葉は、大地(Ground)だそうです。
半分は、あたってるかな。

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アラスカで祝う、2度目のクリスマス =Starring= 

Christ is Born! AGAIN?
Lind Family's Xmas Treetheophany of our lord

Starring with the St. Mary of Egypt crowd, we had Starring on Jan 7th. We’re starring now, it’s because the Orthodox Church in America (OCA jurisdiction) celebrates Christmas on January 7th, instead of Dec. 25.

In the 1700's Alaska had been settled by Russian traders, and the legacy of their culture and traditions still remains. This month in Alaska, many communities celebrate Russian Orthodox Christmas. Groups of people go from house to house carrying an ornate star and singing carols. They call it "STARRING."

"Starring takes its inspiration from the star that the Wise Men followed. As the Wise Men were brought to the good news of the birth of the Christ child, now this kind of same star is visiting the homes of each of the people in the village. And the good news of the nativity of Christ is brought to each home and each home becomes an extension of the church, in a sense a kind of little church. The table in the home being, you know, almost a little alter of the little church of the family. And so the whole community celebrates this in starring."

Suzan's Xmas Party

"Starring is one of those ways in which these very remote communities that are very often isolated from each other, especially in the dark and cold of winter, how they manage to kind of keep together. It's kind of social glue that keeps these communities together. Some of them are only, have seven hundred people. Some of them have less - 300 people. So starring becomes a way that people connect with each other, and in the giving of gifts, you know, kind of open themselves to each other. It's kind of a way of renewing communities. So it even sends out a sense of belonging to people who are away from home - and, and keeps these communities together." Pulse of the Planet is presented by the National Science Foundation.



Poppy Seeds Bread チェコスロバキアのお菓子

△ポピーシードのパン(チェコスロバキアの血統を持つナンシーが焼いたお菓子) バターを塗って頂く。お喋りに夢中で焦がしてしまいました^^;


▼ということで、1月7日、嬉しいことに2度目のクリスマスがやってきました。

なぜ、またクリスマスがくるの?

クリスマス(英:Christmas、Xmas、仏:Noёl、独:Weihnachten、日:降誕祭、聖誕祭)とは、イエス・キリストの降誕(誕生)を祝うキリスト教の記念日・祭日。イエス誕生を12月25日とするのは、西方教会から広まった米国も同じ。ロシア正教会などの東方正教会、アルメニア教会、コプト正教会は1月7日(ユリウス暦の12月25日に当る)に降誕祭を祝います。

アラスカにはロシアからの貿易商が持ち込んだ、ロシア正教会が広がっており、アラスカン・ネイティブの間にも、彼らの言葉で聖書が翻訳されています。

この日私は、友人Nancy率いるキャロルに参加。病院の他に5軒のお宅でスターリング(聖歌を歌い、キリストの生誕を祝う)をしてきました。12月のキャロルと違うのは、とても古い宗教音楽。響きは、グレゴリオ聖歌に近いと思います。
Starring on Jan 7th @Hannan familyStarring の様子。☆が先導します。
△賛美歌を歌いながら、一人が星を回します。ロシア人の宣教師が、ネイティブに伝え、米国でもアラスカだけに、この風習が残っています。



▼ヨーロッパでも他の国に比べると古いキリスト教の国であるスペインや、イタリアでは、クリスマスは12月25日に始まり、1月6日に終わるそうです。クリスマスの飾り付けは23日頃に行い、24日はクリスマス・イヴとして夜を祝い、子供達がプレゼントをもらうのは1月6日。キリストの誕生の話に登場する場所や人物の人形を飾り付けます。

近年米国では、宗教的中立の観点から「メリー・クリスマス」の代わりに「ハッピー・ホリデーズ」の挨拶が用いられることが多くなってきたようです。保守的なキリスト教徒の中にはこの傾向に反発する人もあるとか。ですので、送られてきたクリスマスカードは宗教的要素の強いもの、全く関係ないもの、それぞれです。

Xmas Decolate for dyningcaribou ソーセージ

△アリューティック出身のLind家の食卓デコレーションとカリブーのソーセージ。この他に、七面鳥の燻製、ルーバーブの自家製ワイン、ラズベリーソース、蟹と生海老の生野菜サラダ、マッシュ・ポテト、アップルパイ、デコレーション・ケーキなど。


▼今回のスターリングで、ホーマーに住むネイティブ・ファミリー(アリューティックとアサバスカン)と懇親を持つことができました。クラスメートにもネイティブはいるのですが、なかなかじっくり話す機会はありません。キャロルの後は、アサバスカン民族のシャーリーンにネイティブとロシア正教会の信仰の歴史について話を聞くことができました。

クックインレット湾の西、タイオニック出身のシャーリーンは、その民族の変遷について語るとき、目に涙をいっぱいためていました。

1964年3月27日、マグニチュード9.2を記録したアラスカ地震がアラスカ南部の中央部を襲った。大災害により被害を受けたアラスカの村々の多くは、国政や州の政治に参加するようになり、やがて立ち直っていく。ヨーロッパ人が来てから200年以上経ったこの時、様々な来歴を持つ部族は一つになって自分達の土地が奪われてきたことに抗議の声を上げ始める。

1968年アメリカの石油会社ARCO(Atlantic Richfield Company)により、彼女の村でも石油採掘が始まった。オイルマネーが絡んでくるに及んで、先住民は、会社に新たな住居や電力を提供してもらうことで住み慣れた村を去ることに和解。それが、断熱材もないチープな家に建て替えられ、全ての電化製品が与えられた。あまりにも短期間な暮らしの変化は、村を蝕んだ。

1971年、アラスカ先住民権益措置法(Alaska Native Claims Settlement Act)が成立し、先住民は祖先の土地についての権利を主張するのをやめる。この和解によって、先住民たちは侵略の賠償を得、アメリカ随一の資源埋蔵量を誇るアラスカに住む人々は石油で生計を立てることができるようなった。」

「お母さん、電気はもう無料ではないのだから、電気を消すことを子供達に教えないと!」
とシャーリーンは母親に口癖のように言うという。電気代も3年前から有料となった。
貧しい暮らしから、一気にテレビや冷蔵庫などの家電製品に囲まれ、働き者の老人は、テレビ漬けになり働かなくなった。若者は、アンカレッジに行き、ディスコで踊り、アルコールに溺れた。かつての村の指導者は、アラスカ大学で博士号まで取ったが、村の学校で英語を教える白人への迫害などを指導した。裁判にかけられる一歩手前で、飛行機事故死している。一つの貧しい貧しい村が、100年の変遷を、たった10年で強いられたのである。アメリカ大陸に広がる、多くの先住民と同じく、彼らの歴史は美しいだけではない。

印象的な、ストレートのロングヘアー、白い歯。趣味は夫とハーレーでツーリングすること。私を送迎してくれた愛車は、1週間前に購入したばかりのハマー。夫は石油ラインのオペレーターで高い収入を得ている。裕福な暮らしぶりが伺えるが、白人の中に一人いる時は、いつも場違いのような気がするし、タイオニック・ネイティブの文化を殆ど受け継がずに育ったので、出身を聞かれると、アンカレッジと答えるそうだ。
暗い歴史が彼女の表情に陰を落とした。



Suzan's Xmas Dinner
△とれたてのウィンターサーモンのカルパッチョ、アスパラガスと生ハムのサラダ、蟹のグラタン、スモークサーモンのマリネ、スーザンの自家製生チョコ、アボカドとハリバットのサラダなど。
外には、イルミネーションの綺麗なドリンクバーが2ケ所に。甘くて美味しいカクテルポンチ1杯でメロメロに酔っ払ってしまい、2回目のサックス演奏はボロボロでした。(05年12月23日)

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クリスマスを祝う =東方の三賢者= 

羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。

東方の三博士


天使は言った。
「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。
今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。
この方こそ主メシアである。あなたがたは、布に包まって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」

すると突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美していった。
「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」 

(ルカ 2.2-14)

いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ

△上下の写真は、リンダママのアンティーク・コレクションから。写真にはないが、このセットにはラクダ、牛、馬がいます。

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君といつまでも 

朝起きたら、窓辺に大吉。
真っ青な空に、日まさに昇らんとする。
この日とばかりに、たくさんの飛行機が、ブーンブン上空を飛び回る。いいな~、チャーリ→。自家用ジェット機が欲しい!
気分上昇、6年ぶりにバークレーの友人と電話で話って盛り上がる。

流木拾いにでも行きますか。

海へのエントリー

△ワインハート家とヴァンチュリーセス家のプライベートビーチへ。


 波音を 夕やみが つつむ この浜辺に
 あしたも すばらしい しあわせがくるだろう
 氷河の山脈 星とかがやき
 恋する この胸は 炎と燃えている
 大空そめてゆく 夕陽いろあせても
 わたしの心は 変らない いつまでも

 「幸せだなァ 僕は海にいる時が一番幸せなんだ
  僕は死ぬまでここを離れないぞ、いいかな?」
             
                (かけ声;いいともー!)

 海はそよかぜに 葉っぱを梳かせて
 やさしく この僕の しとねにしておくれ
 今宵も日がくれて 時は去りゆくとも
 アラスカへの想いは 変らない いつまでも


Kachemak Bay Sunset

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ホーマーの地酒、ビール、ワイン、チャイ! 

アラスカ・ホーマーに来たら、お薦めの地酒工房があります。
どこも大量生産していないので、工場というよりは、工房、という感じ。手作り感がとてもよい。

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